第二十一話 選ばなかった決意
迷路の出口へ向かう通路が、わずかに軋む。
天井の金属板が擦れ合う音。次の周期が来る。
だが真白は立てない。
九条が出口の位置を確認する。
「あと2分くらいで閉まるわ。」
その時颯真がしゃがんだ。
「掴まれ。」
真白が首を振る。
「私は敵なのよ?」
「関係ない。俺はもう目の前で人が死んでいくのをただ見たくないだけだ。早くしろ時間がねぇ。」
理由はそれだけ。真白にとっては彼が何を言っているのか分からなかった。だが九条はその言葉を聞き、少しだけ勇気が戻る。
「分かった。」
真白は納得して。颯真の首にゆっくりと腕を回す。
颯真の背中は温かく心地が良かった。
颯真たちは走った。だが通路が動き壁が滑る。
九条が後ろで叫ぶ。
「次右!そのまま真っ直ぐ。」
金属音が背後でする。
颯真の息が荒い。
突然背中越しに声がする。
「……こんな時に言うことじゃないかも知れないけど聞いてほしい。」
真白が喋り出す。
「優はね昔は、あんな感じゃなかった。」
地面の振動。それに伴い足場が揺れる。颯真は体をひねって狭い隙間を抜ける。
真白の指が颯真の制服をぎゅと掴む。
「優のおばあちゃんから聞いた話なんだけど。優が小学生のとき……毎日両親が喧嘩してたらしいの。」
九条が次の壁の動く時間を数えている。
次の動きまで残り十秒。
「急いで!」
その声を聞き颯真が加速する。
真白の声が、震える。
「それで優は、喧嘩をしていた二人の間に入った。二人を止めたくてね。でも結果は優が思っていたものとは違った。両親は小さい優に聞いたの。」
『父さんと母さん、どっちの方に行きたい?って』
その言葉が、迷路の金属音と重なり颯真と九条の足が一瞬だけ重くなる。
「その時の優は、答えられなかった。二人とも、大事な家族だったから。」
どんどん通路が狭まる。九条が腕で合図する。
「今!」
壁が噛み合う直前を抜ける。
「でもね。」
真白は続ける。
「二人はそんな優に怒ったの。なんで選ばないんだ。そんな選択もできないのか?父さんと母さんの事はどうでもいいってことか?ってね。」
出口の光がまだ遠い。
「その後両親は結局離婚して……優は母方の祖父母の家に預けられた。」
真白の声が続く。
「優はずっと考えてた。どうしてこんな事になったのか?ってずっと。」
「それから日がどんどん過ぎてある日優はその答えを見つけた。見つけてしまったの。誰も背負わなかったから、家族が壊れたって答えを。」
颯真の呼吸が荒くなり、九条は少し同情しているようだった。
「だから優は、全部自分が背負えばいいって思ったの。」
壁の振動。出口側の壁が動き始める。時間が削られていく。
「誰かが困ってたら、迷わず助けよう。自分が代わりに背負ってあげようって考え始めた。」
真白の声が小さく震える。
「でも、優は自分の優しさに従わない人がいると、彼は昔の事を思い出して暴力を振るうようになった。」
真白の涙が、颯真の肩に落ちる。
「優は本当は今でも優しいの。だからきっと彼を変えてあげれば、また昔の優に戻ってくれるって信じてる。」
出口まであと十数メートル。
九条は何か分かったようだった。
「だから彼は、あんなにも歪んでいるのね?」
真白がかすかに呟く。
「優は悪くない。ただ……怖いだけ。昔のように突き放されるのが。」
その時、後ろから声が聞こえた。
「どこを探しても鍵がなくてさ、時間もなくて焦ってたんだ。でも良かった。君たちが持っていてくれたんだね。」
背後から聞こえた声。それは天城優だった。
そして颯真の背中に乗っている真白に気がついた。
「良かった。無事だったんだね!」
その言葉に颯真がキレた。
「おい、ふざけてんのか?何が無事だっただ、お前があそこに置いていったんだろ。誰の助けも呼べず、唯一信じていた仲間にも見限られてあんな暗くて狭い場所に一人ぼっち。なんでお前は悪びれもなくそんな事が言えるんだ?」
颯真のその言葉に真白は涙が出てしまった。心の中にある何かが解けたように、流したくないと思っていてもそれを止められなかった。
だが天城は笑っている。
「見限った?置いていった?君は何を言ってるんだい?
真白は託したんだ僕と僕たちのクラスに。彼女は自分を犠牲にしてまで、クラスを勝たせる事を選んでくれた。だから僕はその期待に応えなければならない。なぜなら彼女の気持ちを無駄にしない為。僕が何か間違っている事を言っているかな?」
その言葉を聞いた颯真が何かを言おうとした瞬間、九条がそれを遮った。
「それは違う。あなたは彼女を信頼したんじゃない。押し付けたのよ。自分が背負うべき物を無責任にね。あなたの優しさはただの自己満足に過ぎない。自分を一人にしないための言い訳。だから現実から逃げようとする。目の前にある事実を信じようとしない。いつまでたっても一人ぼっちなのは、あなたが自分自身を変えようとしていないだけ。目の前の少女にただ甘えているだけなのよ。」
九条は言い切った。それは天城にとって思い出したくもない過去。いわばコンプレックスといえるものだった。
天城が困惑している。
「僕が責任を押し付けている?背負うべき物を背負っていない?違う。僕は一人じゃない。みんな僕を信じてる。だから着いてきてくれる。現実から逃げているだって?そんなわけないだろ。それは僕が一番嫌いなやつらだ。そんなものに僕がなるはずがない。デタラメを言うな。」
天城にあきらかな動揺が起きている。そして、
「真白、僕は君を裏切ったわけじゃないんだ。ただ君の犠牲を無駄にしたくなかったんだ。あの状況じゃあ二人でいっても鍵は見つけられず僕らは負けてしまう。だから君は僕に行けといってくれたんだろ?大丈夫。分かってるから。そのデタラメを言う二人から鍵を取って早く戻ってきなよ真白。」
九条が喋る。
「あなたは本当に哀れね。彼女の気持ちもわかってあげられないなんて、彼女が言ってほしいのはそんな事じゃない。」
真白が反応する。涙を拭き決意を固めた顔で答える。
「ごめんなさい。彼女たちから鍵は取らない。本当のあなたが戻ってくるまであなたの言う事を聞くわけにはいかないの。」
颯真が喋る。
「だってよ、もう諦めろ。お前は勝てない。勝てなかった理由はクラスメイトでも真白のせいでもない。お前が偽りの責任を背負って勝手に浮かれてたからだ。」
天城の顔が歪む。
この後天城はどんな行動をとり、そして颯真たちは無事に鍵を届ける事はできるのか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
天城は「悪役」でしょうか。
それとも「壊れた優しさ」でしょうか。
彼は本気で間違っていないと思っています。
本気で、誰かを守っているつもりです。
だからこそ、厄介です。
そして真白は弱い子でしょうか。
それとも、今ようやく強くなったのでしょうか。
そして颯真。
彼はまだ“救えなかった過去”の中にいます。
だからこそ、目の前の命を見捨てられない。
九条は、黒崎の言葉を継いでいます
次話。天城は選びます。
本当に背負うのか。それとも、押し付け続けるのか。
そして、颯真はどう動くのか。
ここから物語は、さらに一段階上がります。
感想、考察、どんな一言でも嬉しいです。
あなたは天城をどう思いましたか?




