第二話 選抜開始
ホームに降りた瞬間、それまでの空気が変わった。
ざわめきはあった。だがそれは旅行前の高揚ではない。
見えない何かに押し潰されそうな、浅い呼吸の連鎖だった。
駅名表示は黒く塗り潰されている。構内アナウンスは流れない。改札は閉鎖され駅員の姿はない。
代わりに、天井のスピーカーが低く唸った。
『――ようこそ、選抜区域へ。』
一瞬、誰かが笑った。
「ドッキリだろ? 仕込みだよな?」
「ドッキリにしては手がかかりすぎじゃない?」
だが次の瞬間、ホームの両端に設置されたゲートが重々しく閉じた。金属の噛み合う音が、やけに現実的だった。
「ちょ、待ってくださいよ!」
一人の男子が線路側の柵に駆け寄る。
「修学旅行じゃないんですか?帰してくださいよ!ここはどこなんだ。」
どうやらパニックになっているようだ。
彼は線路側の柵を越えようと手を伸ばした。
その瞬間。空気が裂けるような音がした。
男子の足元が閃光を発し、爆ぜた。
身体が宙に浮き、床に叩きつけられる。
悲鳴。煙。焦げた匂い。
男子は動いている。死んではいない。だが、右脚は不自然な方向に曲がっていた。
『区域外への無断移動は、即時制裁対象です。』
誰も笑わなかった。誰も動かなかった。
湊が、俺の袖を掴んでいるのが分かったのはその数秒後だった。
「……玲央。これ、本物だ。」
分かっている。これは見せしめだ。
「先生……これ、どういうことですか?」
誰かが叫ぶ。視線が一斉に、朝倉紫苑へ向いた。
彼女は騒がない。慌てない。ただ、全員を見渡していた。
「……私も、皆と同じ立場よ。」
嘘だ、と直感した。
その目は、この状況を初めて見る人間の目ではない。
スピーカーが再び鳴る。
『これより第一層選抜を開始します。』
構内の巨大モニターが点灯する。
そこに映し出されたのは、都市の立体マップだった。
崩れた高層ビル。崩落した高速道路。そして廃墟。
『最初にルール説明を行います。』
全員が息を呑む。『第一層は「端末奪取戦」』
画面に赤い点が七つ灯った。
『区域内に七基の制御端末を配置済み。制限時間は三時間。制限時間終了時、より多くの端末を確保している学校の勝利となります。』
学校。つまり――対戦相手がいる。なんとなく気づいている。自分たちの対戦相手は蒼陵高校。
そしてあちらもこっちを見ていた。
『そして各校に一名、特別役職を付与します。』
空気が張り詰める。
『役職名――旗手』
『旗手は学校の象徴であり、戦術権限を持つ。詳細は後で開示します。』
詳細は後で。つまり旗手には何かがある。
「なるほど。」
凛が、低く呟いた。
「三時間で廃墟を回って端末を取り、奪い合い前提のゲームのようなものってこと?」
「その通りよ。」
紫苑が静かに答えた。
凛が振り返る。
「先生は知っていたんですか?」
一瞬の沈黙の後、口を開く。
「……従わなければ、今の彼のようになるわ。」
答えになっていない。だが知っていたと否定もしない。
湊が小さく言う。
「玲央、旗手ってなんだろう、……嫌な予感しかしない。」
湊の嫌な予感と俺も同じ予感がしていた。
モニターが説明を続ける。
『そして敗北校にはペナルティが発生するので注意してください。』
その言葉にざわめきが戻る。
『ペナルティ内容は、勝敗確定後に開示。』
開示。どうやらペナルティーの内容は最初に見せないようだ。
「負けたらどうなるんだよ!」
誰かが叫ぶ。その答えはここにはない。
代わりに、ゲートが開く。
ホーム奥へと続く通路。奥は暗い。
『制限時間は移動開始と同時に計測されます。』
カウントダウンが表示される。
03:00:00
数字が動き始める。
その瞬間全員が理解した。これは脅しじゃない。
理不尽なゲームだ。生き残るための。
紫苑が言う。
「玲央、考えなさい。選択が正しいのかどうか。」
なぜ自分の名前を呼んだのか。なぜそんな言葉をかけるのか。その目に、ほんの一瞬だけ何かがよぎった。
後悔か。記憶か。
それとも――「……先生は、」
言いかけて、やめた。今は違う。まずは生きる。
蒼陵の生徒たちが動き出した。
こちらも、誰かが走り出す。
混乱の中で、凛が冷静に言う。
「七基。三時間。人数差は同等。なら初動が命取りになる。」
「気をつけていこう。」
湊が即答する。その言葉に俺は頷いた。
第一層が、始まる。負けたら何が起こるのか。
それはまだ知らないまま。
カウントダウンは、止まらない。
第二話「選抜開始」どうだったでしょうか?
突如始まった選抜、見せしめにやられる右腕。そして謎のゲームのルール説明、先生は何を知っているのか?
役職とは?いろいろ気になる部分もあると思いますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。
次話からいよいよゲームが始まります。
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