第十五話 旗の重さ
白い休憩ホール。静まり返った空間に、誰も座らずに立っている。さっきまで雨が降っていたはずなのに、今は無機質な照明だけが天井から降りている。
誰も口を開かない。そして最初に口を開いたのは、久我だった。
「……本当に、死んだんだよな黒崎。」
言葉が、空気を裂いた。
……まだ残っている。
琴音を抱えていた感触が、腕に。
「処理完了って、なんだよ……。」
立花が壁を殴ると乾いた音が響いた。
「なんでこうなるんだよ!」
朝比奈が低く言う。
「旗手は……負けたら死ぬ。」
その言葉で、視線が自然と颯真に集まる。
颯真は立ったまま、目を伏せていた。だが拳は強く握られている。
凛が静かに言う。
「颯真。」
しばらくの沈黙のあと、颯真が口を開いた。
「俺は、怖くないとかは言わない。」
「正直死ぬのは普通に怖い。でもな」
「俺が一番怖いのは、俺が死ぬことじゃない。負けたら、俺だけで終わらないかもしれないってことだ。」
空気が止まった。
「旗手だけ処理されるなんて、都合よすぎる。それに相手のあの慌てようも気になるしな。そして第一層は“旗手”だった。じゃあ第二層も同じなのか?」
誰もそれを答えられない。
湊が小さく言う。
「……役割が増える可能性はあると思う。」
凛が補足する。
「1回目は“特別な役割は一つ”と言っていた。だけど次のゲームの役割が旗手だけとは限らない。」
久我の顔色が悪くなる。
「じゃあ、次は俺たちか?」
俺は口を開く。
「分からない。だからこそここで覚悟を決める。」
重い空気の中颯真が息を吐いた。
「本当だったら修学旅行だったんだよな、俺たち。」
その場には乾いた笑いが漏れた。
「場所は言われてなかったけどな。」
「観光とかしてみたかった。」
「旅館で騒ぐはずだったのにな。」
だが凛が静かに言う。
「だけど現実は違う。」
「目の前で人が死んだ。」
その一言で全員が現実へと戻される。そして誰もそれを否定することはできない。
沈黙のあと颯真が言った。
「旗手は俺だ。」
颯真に視線が集まる。
「次、俺が負けたら死ぬ。逃げるなら今だぞ。」
誰も動かない。
立花が言う。
「逃げる場所なんてあんのかよ。」
湊が笑う。
「ないな。」
俺は颯真を見る。
「死ぬ気はあるか?」
その質問に颯真は即答だった。
「ない。だけど勝つ気はある。」
少しだけ場の空気が変わる。怖い。それでも立つしかない。
凛が端末を見る。
【第二層開始まで 21:34】
「第二層は確実に難易度が上がるはず。第一層は高さと補正がメインだった。だけど次は違う。」
湊が言う。
「環境も、ルールも、役割も。」
俺も湊と同じ考えだった。
「一回目と比べて次はレベルが違うと思う。」
そのときホール奥の扉が開いた。
全員が振り向くとそこには見覚えのある黒髪長身。
そこにいたのは九条玲那だった。蒼天の空気が一瞬で張り詰める。
凛が聞く。
「蒼陵はどうなったの?」
「失格。私だけ、残された。」
「理由は?」
「旗手の権限。」
それ以上は説明しなかった。
颯真が前に出る。
「俺がここの旗手だ。負けたら死ぬんだぞ。」
「知ってる。」
九条は頷く。
「それでも協力する。私が生き残った意味を確かめるために。」
九条の視線は揺れない。
立花が言う。
「蒼陵は納得してるの?」
その質問に九条の目がわずかに揺れた。
「納得する必要はない。」
久我が吐き捨てる。
「黒崎に助けられたやつが黒崎を倒した高校に来るとか、どういう気分だよ。」
九条は怒らない。
「最悪。」
それが彼女の本音だった。
数秒の沈黙のあと俺は九条を見る。
「蒼陸を裏切る気はあるのか?」
「ない。でも、勝つ。琴音の選択が間違いじゃなかったって証明するために。」
この場の空気が重い。
凛が言う。
「戦力としては有効。ただし、信用は別。」
九条は頷く。
「当然。」
颯真が言う。
「俺が負けたら死ぬ。それでも来るか?」
九条は即決だった。
「行く。逃げたら私を助けた琴音の死が意味を失う。」
俺は最後に言う。
「黒崎の死を利用する気なら、いらない。」
九条の目が一瞬だけ鋭くなる。
「利用なんてしない、私は背負うだけ。」
彼女との距離は縮まらない。でも、離れもしない。
【第二層開始まで 19:02】
静かな空間に、緊張だけが残る。誰も笑わない。誰も完全には彼女を信じない。だが、同じ場所に立つ。第二層はまだ始まっていない。それでもそれぞれ覚悟だけは決まっていた。
旗手の重さ。
そして“生き残った側”の重さ。
死ぬ覚悟よりも難しいのは、
背負い続ける覚悟かもしれません。
蒼天は勝ちました。
でも、誰も笑っていません。
九条は味方なのか。
それとも、まだ“敵側の人間”なのか。
第二層では「信頼」が鍵になります。
あなたなら、鍵を誰に渡しますか?
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