第十三話 視界の外へ
高台中腹、黒崎はすでに向き合っている。
距離、約二十メートル。端末はその背後の中央に位置する。外周では蒼天と蒼陵が押し合いを続けている。
颯真の能力が切れたことで、蒼天の動きにわずかな乱れが生まれていた。
黒崎が静かに指示を出す。
「再構築。」
その言葉とともに蒼陵の隊列が滑らかに整う。
やはり強い。内部が揺れていても、まだ崩れない。
九条が息を荒げながら中腹へと上がってくる。
「琴音!」
黒崎は一瞬だけ視線を向けるが、すぐに俺へと戻す。
「あなたは、私が負けず嫌いだと知っているわよね?」
俺は否定せず、宣言する。
「お前は最後に選ぶことになる。」
黒崎はその言葉にあまりピンときていなかった。
雨が斜路を黒く濡らす。
俺が踏み込んだとほぼ同時に黒崎も動く。
その瞬間南側斜路の縁付近で、九条が足を滑らせた。
それは偶然起きたことなのか、それとも必然的に決まっていことなのか。蒼天の勢いを誰よりも抑えていた影響か九条の足はもう限界を迎えていた。そして体勢を立て直そうとした拍子に、外方向へ大きく傾く。
このままなら、高台外へ転落する。転落すれば確実に死んでしまう高さ。
「っ――!」
九条の身体が斜路の外側へと流れる。
黒崎の視界に、それがはっきりと映った。
端末まで、あと十数歩。触れれば勝ちの距離。
触れれば蒼陵は守られる。負ければ、自分の価値がなくなる。九条を見捨てればこの勝負に勝てる。
九条が、さらに傾く。そして
「琴音気にするな行け!」
声が裂けるほどの叫び。
突然黒崎の足がその場に止まる。
そして笑う。
「……やっぱり、ずるいわね。」
端末へ向けていた身体の向きを変え九条の元へ走る。
九条の腕を黒崎が掴む。だが支えきれずに二人の体重が一気に斜路へかかる。
それにより黒崎の足も滑り、そのまま横へと倒れ込んだ。
落ちる事は避けたがそのまま斜路を転がっていく。
そして斜路の縁で止まった。
黒崎が下で九条が上に覆い被さっていた。
九条が今にも泣き出しそうな声で言う。
「なんで、助けたりなんかしたの。助けなければあなたは勝っていた、、。」
黒崎はゆっくり返す。
「たとえ勝ったとしても、あなたがいなければ、それは完璧な勝利とはいえないでしょ?ほら泣かないでまだ勝負は終わってないわ。」
落ちはしなかったが、勝敗はもう決したも同然だった。
完全に端末からは離れた。その間も玲央は止まらない。
中央へいき、端末に触れる。
【確保処理中】
五。
黒崎が九条に肩を貸し高台に戻ってきた。
端末に触れている玲央を見る。
四。
私は理解している。
三。
自分が負けた、負けてしまった理由を。
二。
一。
【確保完了】
【蒼天高校:4基確保】
少しの静寂、そんな中雨音だけが響いていた。
九条が震えながら静かに言う
「ごめんなさい……。」
黒崎はゆっくりと高台の中腹へと歩く。
「大丈夫よ。最初から決めていたものあなたを守るって。」
その回答に九条は戸惑う。
「それはどういう、、」
突然端末が赤く染まり警告音が鳴る。
『敗北校旗手の処理を開始します。』
九条の表情が凍った。
「……何?」
黒崎は目を伏せてまるで知っていたかのように言う。
「やっぱり、ね。」
俺は黒崎に近づく。
「負けたら何があるのか知ってたのか。」
黒崎が答えた。
「負けた旗手には何かあると予想はついていた。一つだけ特別な役割というのもずっと違和感に感じていたわ。」
九条が黒崎の腕を掴む。
「なんでその事を言わなかったの!」
「言えば、あなたは揺れてしまうでしょう?」
静かな声で話す。
「あなたは前線。迷わせたくなかった。」
そして赤い光が黒崎を包んでいく。
光が消えた瞬間、黒崎の膝が崩れ落ちる。
とっさに玲央が黒崎の体を支えた。
九条が曇った声で叫ぶ。
「私の視界から外れるなって言ったくせに……なんで先にいなくなるんだよ!」
黒崎がかすかに笑った。
「あら……覚えていたのね。」
玲央を見る。
「あなたは、そこを突いた。私が最後に誰を守るか分かっていて。」
「九条が足を滑らせたのは俺も予想外だった。」
一息置いて言う。
「だけどそのアクシデントがなかったとしても勝負の結果は変わらない。お前は最後に選ぶ。これは賭けでもあったけどな。」
黒崎が満足気に喋る。
「……悪くない敗北だわ。」
九条の頬に手を伸ばす。
「玲那。」
引き絞るような微かな声で
「あなたは、仲間じゃなかった。」
九条は何も言わずに静かに聞いている。
「私にとってたった一人の友達で、今まで生きてきた人生悪いことばかりだと思っていたけれどあなたといた時間は悪くはなかったわ。」
九条の涙が硬いコンクリートへと落ちる。
黒崎が玲央を見る。
「次は閉じる。高さじゃない、あなたなら気づける。」
そして九条へ視線を戻す。
「この人たちと行きなさい。彼女を連れて行ってあげて。」
九条が首を振る。
「いや、いやだ。どうしてこれが最後みたいな事を言うんだ……!」
「わかった。」
黒崎が小さく笑う。
「ありがとう、、。」
赤い光が強くなる
「ああ、次は……一人で戦わないでみようかと思ってたのに残念ね。」
少しずつ黒崎の体から力が抜けていく。
呼吸が止まるとそれを確認したかのように赤い光が消えていく。
九条が声を失う。
そして玲央の腕の中で少女が安らかな顔で眠っている。
蒼天が勝った。だが誰も喜ばない喜べるはずがなかった。
黒崎琴音という一人の少女の死によって旗は降りた。
終わったと思っていたゲームが黒崎の一言でまだ次があるということが分かった。
これはまだ始まりにすぎず物語はここで終わらない。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
第一章、これにて一区切りです。
勝敗は決まりましたが、失われたものは決して小さくありません。
黒崎が最後に選んだもの。
玲央が最後に突いたもの。
それは能力でも戦術でもなく、「人」でした。
そして旗は降りました。
けれど、ゲームはまだ終わっていません。
黒崎の残した言葉――
「次は閉じる」「高さじゃない」
その意味は、これから明らかになります。
第二章では、盤面そのものが変わります。
どうか、もう少しだけ。この物語に付き合っていただけたら嬉しいです!




