第十一話 触れさせない雨
地下中央ドーム。天井から無機質な音とともに水が落ちる。
最初は霧のように、やがてはっきりと“雨”になる。
人工降雨装置。ここに夜はない。
だが光は晴れていた時よりも落とされ、灰色の世界が広がる。そして中央高台が、雨に濡れて黒く光っていた。
直径四十メートルほどの円形基盤。高さ六メートルの三方向の斜路。
中央には最終端末の柱。雨で斜路は滑りやすくなっている。視界は悪い。音は反響する。
端末表示。
蒼天:3
蒼陵:3
残り:1
【01:28:14】
そして蒼天側、中央廃ホール。
俺は静かに雨を見上げていた。
「視界制限……想定外じゃないな。」
凛が端末を操作する。
「高台の傾斜角度、約三十度。雨で摩擦係数が低下。正面突破は危険よ。」
颯真が口角を上げる。
「でも守る側も足場は同じだろ?」
湊が小さく呟く。
「……雨音で音が散る。」
「その影響で反響が読めずに位置取りが狂う。」
「つまり整っている側が不利になる可能性がある。」
蒼陵は布陣型。完璧な配置。完璧な連携。
だが雨は“ズレ”を生む。
「揺れているのは、盤面だけじゃない。」
誰も言葉を返さない。だが全員理解している。蒼陵内部に、亀裂が入っていることを。
「作戦は変えず、混戦に持ち込む。ただし」
視線を上げる。
「颯真。タイミングは任せる。」
颯真の表情が一瞬だけ引き締まる。
「了解、玲央。」
その言葉が、雨音の中で重く落ちた。
蒼陵側、崩れた講堂。黒崎は高台を見つめていた。
雨が黒崎の白髪を濡らす。
九条が横に立つ。
「動く?」
黒崎は端末を見る。
【01:26:03】
「高台は防衛有利、三斜路、中央集束型、本来なら完封できる。」
九条が眉をひそめた。
「本来なら?」
黒崎は静かに目を閉じる。
相沢玲央のあの目。
間違いなく私たちの構造ではなく、前提を壊してくる。
「……だが相沢は、完封の形を崩してくる。」
九条の視線が鋭くなる。
「なら先に触るか?」
黒崎は首を横に振る。
「ダメ、そうしたら混戦になって戦力を失う可能性が高い。混戦にはさせない。蒼天は混戦型、揃えて突き崩す。」
九条は理解する。
「触れさせない、か。」
黒崎は頷く。
「端末を守る必要はない、触れられなければいい。」
蒼陵はすでに高台の“外周導線”を抑えている。
斜路の根元。観客席の残骸。瓦礫の影。
登ろうとすれば、必ず横から衝突する位置。
しかも雨滑れば終わる。
黒崎は小さく息を吐く。
「彼らを焦らせる。そして崩れるように仕向ける。」
九条が一歩前に出た。
「私が前を抑える。」
黒崎は九条を見る。その目が柔らいだ。
「玲那」
九条がわずかに驚く。
「最後は、私の視界からなるべく外れずそばにいて。」
九条はその願いに少し違和感を持つ。
「何があっても?」
「何があっても。」
そして黒崎は静かに頷いた。
「わかったわ。」
黒崎は視線を高台へと戻す。小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「……私の役割は、旗手。」
蒼陵の特別な役割。負ければ何かがある。だけど何があるのかまだ確証はない。でも大体は予想ができている。だからこれを玲那に言うわけにはいかない。
私が揺れれば、みんなを守れない。
そしてその覚悟に影響されるように雨が強まっていく。
そしてしばらくして雨が弱まってきた時蒼天が動いた。だが高台の上には、まだ誰もいない。
最終端末は無人。その代わり、外周に圧がある。
「……上にいない?」
凛が即答する。
「外周三点に反応あり。」
湊が言う。
「やっぱり端末に触らせない配置だ。」
俺は雨越しに白い影を見る。
黒崎琴音。彼女は動かない。そこで待っている。
そして時間が動く。
【01:22:51】
焦りが、じわりと広がる。小さく息を吐くと
「そう来るか。」
二人の視線が交わる。それぞれ三十メートルの距離。
黒崎は触る気がない。勝率が最大になるその瞬間まで。
「なら揺らすのは、構造じゃない。」
視線を九条へ向ける。
前線の要。外周の柱。
「まずは、あそこだ。」
颯真が低く笑う。
「ようやく動くか。」
雨が降る中、両校の距離がゆっくりと縮まる。
最終端末は、まだ無人。だが均衡は、限界に近づいていた。――最終決戦、開幕
ここまで読んでくださりありがとうございます。
最終端末を前に、両校は“守る”のではなく“触れさせない”という構造に入りました。
勝負は力でも数でもなく、焦りの管理。
そして、誰が最初に揺れるのか。
雨は盤面を乱しますが、人の心も同じです。
次話、ついに衝突します。
お付き合いいただけると嬉しいです。




