番外編 午前0時の狂騒歌
「俺にはユメちゃんだけだよぉ、本当にユメちゃんは優しくて世界一可愛いね〜」
「うん!知ってる!ユメは世界でいちばーんかわいいの♡」
華夢町のコンカフェ『ラブリードール』の店内に、私の甲高い作った声が響く。テーブルの向こうでは、酔って感傷に浸りながら私を褒めそやす男が酒を煽っている。
私に媚び売らないと誰にも相手にしてもらえないなんてカワイソ。私ならワンチャンとか思ってるの本当にキモい。……でも、私はこうやって生きていくことを決めた。
ユメ、それが今の私の名前。
私の本当の名前は藤子という。
私が生まれたのは、いまだに男尊女卑が蔓延る田舎だった。上に兄がひとり、下に弟が三人。男ばかりの兄弟の中で私の序列はいつも最下位だった。兄弟たちがゲームをしたりして遊んでいる間も私は家事に追われ、ご飯すらも兄弟たちに出たおかずの残り物だった。決定打は中学三年の夏だった。
「藤子、お前は女の子なんだし、高校は行かなくたっていいよな。なんなら嫁にでも行ったらどうだ。紹介するぞ。」
夕飯の席で、父親が事もなげに言った。母親も当然のように頷いている。
兄の大学費用と弟たちの学費でお金がかかるから、私にかける余裕はないらしい。だからって嫁に行けと言われるとは、この家で私はきっと家族の一員じゃなかったんだ。そんな簡単に出て行けと言えるような存在だったんだ。
みんなと同じじゃなきゃいけない狭い田舎。女というだけで家政婦のように扱われる毎日。
気が狂いそうだった。私は、もっとお姫様みたいにキラキラしたかわいい自分になりたかった。誰からも愛されて、いちばん大切にされる、特別なお姫様に。
だけど、シンデレラを助けてくれる魔法使いも王子様も存在しない。だから私は家族に内緒でSNSにあげていた自撮りに食いついてきた男を頼って家を出ることにした。
『帰りません。今までありがとうございました』
弟の学校のプリントの裏側に書き置きを残し、SNSでPayPayを送金してくれていたおじさんからの少額の電子マネーだけを持って、ヒッチハイクをしながら都会へ向かった。
だけど現実はおとぎ話じゃない。
駅前。待ち合わせ時間から丸一日経っても、迎えにくると言っていた男が現れることはなかった。連絡も途絶えブロックされた。
駅の柱の下に座り込み、私は自分が騙されたのだと悟った。
持っていたお金はほとんどない。私は公園を拠点にして暮らすようになった。家出少女だとすぐにわかるのだろう。夜になると色んな男たちが次々と声をかけてきた。
「ご飯行かない? 奢ったげるよ」
「君、いくら? 一晩つきあってよ」
どんなに空腹で、寒くて汚くて、惨めでも自分を売ることだけは絶対にしない。それだけは私の矜持だった。毅然と断ると、さっきまでヘラヘラ余裕そうにしていた男たちは一瞬で顔を醜く歪める。
「は? 調子乗んなよブスっ!」
「こんな汚いガキ、こっちから願い下げなんだよ!」
私は下を向きながら歯を食いしばった。だけど、一週間もすると限界が来た。お金は底をつき、水だけでお腹を満たすのにも限界がきて、目の前がぼんやりしてきて何も考えられなくなったある日。私はついに、一番優しそうで品のある紳士のような格好をした男の甘い言葉に乗ってしまった。
「一緒にご飯食べてくれるだけでいいから。もちろん奢るし、お小遣いだってあげるよ」
ご飯だけ……食べ終わったらすぐに走って逃げたらきっと大丈夫。そう思っていた。
だけど奢ってもらった激安ファミレスを食べ終え店を出た瞬間、男の目が変わった。腕を強く引っ張られ、薄暗くて埃っぽい路地裏に引きずり込まれそうになる。
「や、やめて! ご飯だけって言ったじゃん」
「タダで飯食えるわけないだろ。お前、頭悪いな」
無我夢中で男をつき飛ばし、ぼろぼろ泣きながら走って逃げる。
男が自分の財力を自慢するために買ってくれたサイズの合わないヒールでバランスもうまくとれず転ぶ。薄いタイツが裂けて膝から血が出た。
ガラスの靴なんてどこにもない。私を助けてくれる魔法使いもいない。
逃げて、逃げて、路地を曲がって——たどり着いたのは、不夜城のようにギラギラと怪しいネオンが光る街。
醒めない夢の街、華夢町だった。
荒く息を吐きながらヒールを脱ぎ捨てる。痛む足でそのままフラフラと歩きながら考える。
私には学がない。帰る家もない。頼れる大人も、王子様もいない。
……なら、自分で魔法にかかってお姫様になるしかない。私はここで生き抜いて、この街で一番かわいいお姫様になってやる。こんな場所で昔夢みたお姫様になれるわけがない。だけど、偽りでもいい。私が『ユメ』を見せて、この街のバカな男ども全員を狂わせながら、底辺から這い上がってやる。
それから私は『ユメ』と名乗り、コンカフェ『ラブリードール』で働き始めた。
ここで生き抜くため、這い上がるためなら大嫌いな男にだって尻尾振って愛想振り撒いてやる。
スタッフルームの鏡の前で男が大好きな計算し尽くしたナチュラル風のメイクを作る。最後の仕上げは、清楚であざとくみせる薄いピンクのグロス。あざとい笑顔を練習してフロアに出る。
「いらっしゃいませ〜♡ ご主人様ぁ! ユメ、こうちゃんに会いたくて待ちくたびれちゃったよぉ〜〜(><)♡」
甘ったるい声を作り花を飛ばすようにテンションを上げながら男の手を両手で包み込む。
(ほんと、最低。)
冷たい心の中とは裏腹に顔にはかわいい笑顔を貼り付ける。本当は全部、大嫌い。男も、この街も、こんな偽りの自分も。
だけど、あたしはここで誰よりも強く可愛く生き残る。
裏で他のキャストから「ユメってぶりっ子しすぎててマジでウザい」と嫌われていることだって知っていた。だけどそんなのどうでもいい。あたしにはここしか生きるところがない。
だけど、新しく店のキャストとして入ってきた女の子――カレン。金髪でピアスをたくさん開けててどこか不器用で浮いていた。ある日、カレンがしつこい泥酔客に絡まれている場面に出くわした。あたしはカレンのことが気になっていた。だってこんな場所にいるのにカレンの目は真っ直ぐで綺麗だったから。気づいたら私はカレンと客の間に割り込んでいた。
「やだぁご主人様〜! ユメを置いて他の子に浮気ですかぁ? 寂しくて泣いちゃうぞ♡」
目をうるうるさせながら男を見つめ意識を私に向けさせる。うまく丸め込み、男の機嫌が良くなるのを見届けて私はカレンにささやいた。
「あんた不器用だね……ここではもっとうまくやって全部搾り取ってやらないと」
「ありがと。」
カレンは一言だけお礼を言ったあと、すぐ去っていった。
それから少し経った頃、カレンから突然「あたしとバンドやってよ。ユメのドラム聴きたい。」と誘われた。
正直全く興味なかった。だけどカレンのあの目で見つめられ、気づいたら私は「いいよぉ〜」と答えていた。
まあ暇つぶしくらいに丁度いいか。最初はそんな、軽い遊びのつもりだった。そこにナギが加わり、一緒に練習するようになった。
「ユメ、今のとこズレた。」
「え〜ナギちゃん厳し〜! でもユメが世界で一番かわいいから許してぇ〜♡」
「はいはい、お姫様、わかったから。……まあ、うちのバンドのドラムとしては最高に自分勝手でかわいいんじゃない?」
「うんうん、ナギの言う通り。あたしたちのお姫様、今日も暴れてきてよ」
二人が私のことを、お姫様だと認めてくれた。
気づいたらそんな二人が大好きになってて、一緒にいたくてドラムにも本気で向き合うようになっていた。
王子様なんていらない。ガラスの靴もいらない。
午前零時を過ぎても絶対に解けない、あたしだけの最高の魔法。このバンドのドラムとして自分勝手にわがままにドラムを叩く私こそ、私がなりたかったお姫様だった。
◆◆◆
『続いては、SNSのライブ動画から爆発的に話題となり、今若者の間で大流行中のAnonymous Sistersの皆さんです!』
生放送の眩しいスポットライト。
ひな壇から立ち上がりステージへと向かう直前、カメラのレンズに反射する自分を見るといつものナチュラル風メイクだけど口だけは濃いピンクのリップを引いた自分の姿。全てを変えることはない今までの私のことも嫌いじゃないから。だけどきっともう男に媚を売るためだけに薄いグロスなんて塗らないだろう。
カメラの向こうには私が捨てた家族も今まで出会った色んな男がいる。
田舎で自分を押し殺して笑うしかなかった、上京して公園のベンチで震えていた私は今、カメラに囲まれながらドラムセットの前に座っている。
カメラに向かってあざとい笑顔を向けたあと、ドラムスティックを強く握りしめる。あたしを最高に輝かせてくれる、大切な共犯者たちと一緒に。
さあ、あたしたちの音楽で、世界ごと叩きのめしてあげよう。
「ユメの爆音でぶん殴ってあげる♡」




