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番外編 重低音の独奏歌

「ナギってさ、そのベース大切にしてるよね〜ずっと使ってるし」


「まーね、昔人から貰ったんだよね、、」


「えー!?元カレ??それとも………昔組んでたバンドの人??」


練習の休憩中、ニヤニヤと笑いながら揶揄うように聞いてくるユメの言葉を聞いて昔を思い出す。

元カレでもバンド仲間でもない。これは、あの日私に音楽という居場所を教えてくれた、名前も顔も思い出せない男から貰ったものだ。


私の本当の名前は、せれね。

私を十六歳で産んだ女(母)がつけた名前。

母は親というより女だった。幼い私を機嫌がいい時は「せれね、せれね」って可愛がってくれるのにそうじゃない時はいないものとして扱った。私の唯一の安心できる場所は押し入れだった。

母の男はしょっちゅう変わった。彼氏でもなんでもない男を家に連れ込んでは、動物みたいな淫らな声で鳴くのが押し入れの襖の向こうから聞こえた。当時、私はそれが何なのかわからなかったけど、あの声と匂いはトラウマみたいに今も頭にこびりついて離れない。

何人目の彼氏だったかはもう覚えてない。母親が連れ込んだ男の中に、唯一私のことも気にかけてくれる奴がいた。売れないバンドマンだった。酔っ払って道端で寝ていた母を介抱したのがきっかけで付き合い始めたらしい。ただの気まぐれか、もしかしたら母は音楽に興味がなかったから私に話をしたのかもしれないけどその男は、押し入れで小さくなっていた私にお下がりのベースをくれて、アンプを通さない生音での弾き方を教えてくれた。



「低音ってのはな、曲の心臓でもあり他の音を支える柱でもあるんだよ。静かだけど1番強い。」


しばらくして母と男は別れて、2度と会うことはなかった。だけど、重くて硬い弦を弾いた時の振動に魅せられた私はそれからも暗くて静かな押し入れの中でこっそりとベースを弾き続けた。それに1番強いっていうのも気に入った。

高校を卒業すると同時に私はあの家から飛び出した。

レンタルショップでバイトをしながら、ナギと名乗りバンド活動をするようになった。

最初に組んだバンドはそこそこ順調で人気も出たが私以外のメンバーはみんな大学に通いながら趣味程度でバンドをやっていた。彼らにとってバンドはあくまで学生時代の思い出でしかなく、卒業と共に解散してしまった。そこから色んなバンドを転々したがどこに行ってもイマイチ波長が合わなかった。

そんな時、カレンとユメにバンドに加入してくれないかと声をかけられた。2人がコンカフェで働いていることを知った時は嫌悪感を抱いた。あの女(母)が思い浮かんでしまったから。男に媚を売り、女という性を売り物にしている奴らが本気でロックなんてやるわけない。きっとこいつらも話題作りのためなんだ私の大嫌いな奴らだと決めつけていた。

だけど、何となく行った2人のライブで音楽を浴びて私の決めつけは一瞬で打ち砕かれた。2人の音楽は全然甘くない、かわいくも無かった。ただ私をみてと全身全霊で訴える姿だった。

お人形みたいな見た目なのにドスの効いた声で怒鳴るように歌うカレン。話した時はぶりっ子だと思ってたユメは髪を振り乱してで世の中への怒りをドラムにぶつけているように見えた。


「ねぇ、、アンタの音楽全力であたし達にぶつけてよ」


ライブ終わり、私が来ていたことに気づいたカレンがわざわざ出口まで追いかけてきてそう言った。この2人とならもっと自分のやりたい音楽ができるはずだ。


「……いいよ。とりあえず、加入してみようかな……」


そう、一回加入してみよう、嫌だったらすぐ辞めちゃえばいいんだ。それくらいの気持ちだった。

だけど、一緒に練習を重ね、同じ時間を過ごしていくうちに、私は彼女たちの覚悟を知った。

可愛いのに不器用で生きづらそうだけど周りに流されてたまるかと言わんばかりに自分を貫こうとするカレン。少しでも自分の価値を上げるために自分を押し殺して媚を売り生きるユメ。

2人を見ているとふと母の顔が頭をよぎることがあった。母(あの女)も生きづらさを感じて男の人に依存するしかない女の子だったのかもしれない。

決して許したわけじゃない。されたことが消えるわけでも、過去が綺麗な思い出になるわけでもない。

だけど、2人と一緒に自分勝手に好き勝手に爆音を鳴らしているうちに、あれほど私を縛り付けてたトラウマ(母の呪い)が解けていくのがわかった。

居場所がなくて狭い押し入れでベースを独奏するしか無かった私には絶対に手放せない居場所ができた。


ある日のスタジオの帰り道、タバコの煙を吐き出しながらぼそっと呟いた。


「……私さーほんとはせれねって名前なんだよねー」


「せれね??すっごくかわいいじゃん♡まーユメのがかわいいけどねー」


「そうなんだ。まーうちの頼りになるベースはアンタしかいないよ」


ユメは冗談ぽくカレンはカッコよくそう言った。過去の私を2人は否定も肯定もせずにただ受け入れてくれた。


◆◆◆



『続いては、SNSのライブ動画から爆発的に話題となり、今若者の間で大流行中のAnonymous Sistersの皆さんです!』


生放送の眩しいスポットライト。

ひな壇から立ち上がりステージへと向かう直前、カメラのレンズに反射する自分を見ると耳には月の形をしたピアスが揺れていた。

はるか昔、機嫌が良かった母が「せれねってね月の女神様から名前取ったんだ〜だから月のピアス買ってきたんだ、せれねが大きくなったらつけるんだよ〜」なんて言ってくれたものだ。ナギとして生きていたときはしまいこんでいた。2人が私の過去を受け入れてくれた日に初めてつけた。私は私(ナギでせれね)だ。

私は今日も、あの名前も知らない男からもらったベースをかき鳴らす。

この狂暴でクールな低音で、私という存在を、そして誰よりも最高なこのふたりの居場所を、この世界に深く刻み込むために。

髪を耳にかけるとピアスが光った。


「私が全力で支えるからみんな思いっきり暴れてやんな!!」










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