おまじないのラブソング
ネオンがチカチカと瞬く飲み屋街を歩きながら、深く息をつく。そして、あたしの全てが始まったあの日を思い出した。
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あたしの人生は高校1年の秋に始まった。
私の本名は、舞。
私立の中高一貫校に通い、持ち物や洋服はブランド物で、たくさんの習い事をしていた。世間から見た私はきっと恵まれた箱入り娘だっただろう。だけど実際は、家の中は顔を見合わせれば嫌味を言い合い、お互いへの文句を言うために私を間に挟む両親と、「こんなに大切に育てたのだから期待を裏切らないよね」という家族からの無言の圧力に押しつぶされそうだった。自分が何を好きなのか、何がしたいのかも分からなかった。
だけど高校1年の秋、友達に誘われて行った地下のライブハウスで、同じ学校の先輩——恭平先輩のライブを見た。
先輩は学校で有名人だ。なんでも資産家の一人息子で成績も良いから、先生すら口を挟めないらしい。そんな異端な先輩を、みんな憧れつつどこか遠巻きにしていた。その日のステージも本当に狂っていた。開演時間より前に勝手に始まったかと思ったら、曲の途中でステージから飛び降りて、最前列にいたメガネで同じ学校の制服を着た男の子にキスをして、そのままギターをかき鳴らし続けた。自分勝手すぎて、だけど自由なその姿が、私には目が眩むほど輝いて見えた。
(私も音楽で自分を表現したい……!!!こんな風に、自由に自分勝手に生きたい!)
ギラついた先輩の目を見た時、初めて自分で何かしたいと思えた。次の日には勢いに任せて、親に内緒でビビットピンクのエレキギターを買った。指から血が滲むまで練習して、自分の気持ちを全て歌に変えてギターを弾いた。私は音楽で生きていこう——そう決めた時、両親にはもちろん大反対されたし、髪を染めてピアスを開けたら友達は1人もいなくなった。だけど初めて持ったこの感情はあたしだけの物だ。高校を卒業したあたしは家出同然で家を出て『カレン』と名乗り、華夢町で夢を追い始めた。カレンは私のおまじない。舞だった私にはできないことも、カレンのあたしならできる気がした。
だけど音楽で生きていけるほど現実は甘くない。生活のためにバイトをすることにした。髪もピアスも自由だったのがコンカフェ『ラブリードール』だった。そこであたしは『マイ』と名乗った。客に媚びを売るのも周りとうまくやっていくのも苦手で浮いていたあたしを、しつこい泥酔客から庇ってくれたのが、ぶりっ子女とほかのキャストみんなから嫌われていた先輩コンカフェ嬢のユメだった。
「あんた不器用だね、、ここではもっとうまくやって全部搾り取ってやらないと」
耳元で囁かれた低い声。あたしには分かった。きっとユメにとって「かわいこぶる」のはおまじない。あたしにとってのカレンと同じなんだということが。
「ねえ、あたしとバンド組もうよ。自分の気持ち、音楽で他人にぶつけてやろうよ。」
ダメ元だった。だけど意外なことに、ユメは「いいよぉ〜♡」と言ってくれた。そして、見た目からは想像がつかないほど凶暴でイカれたドラムを叩いた。
もう1人メンバーが必要だった。そこであたしとユメは、ちょうど組んでたバンドが解散して次のバンドを探していたナギに声をかけた。最初ナギはあたしたちを所詮コンカフェ嬢と馬鹿にした様子だった。だけど一度だけナギの前でライブをした、その時からあたしたちの本気が伝わった様でバンドに加入してくれた。
そうして3人で地道に活動を続けていたある日、音楽番組で恭平先輩が『リュウセイ』として出演していた。昔とだいぶ雰囲気が変わったけど、ギラついた目は変わらない。きっと先輩は、あのライブのことも、あの日客席にいた下級生のことなんて覚えてもいない。だからあたしも、初めましてのフリをした。過去も、本名も、何もかも捨てて——ただこの自分の音楽で認められるように。
◆◆◆
あんな目をしたリュウセイは見たくなかった。あたしにとってはどんな見た目だろうと音楽だろうと、あの目だけがリュウセイが恭平先輩だった憧れの証だから。
「見てろよ。恭平先輩、あたしがあんたのその目も音楽も何もかも喰らい尽くしてやる。あたしの音楽で」




