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MRL  作者: 化琉壮一


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オルタビア:中層キャンプ

 コンタクトレンズの矢印は、何事もなかったかのように前方を示し続けている。

俺は、低層へと続く階段を下りて行った。

 屋上でのあの光は、数歩進むだけで背後へと遠ざかっていった。振り返れば、あの空と雲海はまだそこにあるはずなのに、階段の影と建物の壁がそれをあっさりと遮断する。

 再び、都市の内部へ。俺は下りて行った。

「Alpha。このペースだと日が落ちるまでに目的地へたどり着けそうか?」

「現在の想定到着時刻は午後9時50分です。その頃には確実に日は落ちてしまっています。それに下層は既に日没時刻です」

「そうだったか…今日はどこで寝るか」

俺は今日の寝床を探しながら階段を順に降りていく。コンクリートと鉄に囲まれた空間は、先ほどまでいた上層とはまるで別世界だった。風は弱まり、光は急速狭まっていく。その代わりに、わずかな湿気と、閉じ込められた空気の重さが肌にまとわりつき始めた。

 非常階段を歩く足音だけが、規則的に響いていた。

「ルートを更新します」

Alphaの声が、静かに耳の奥で鳴る。そして視界に浮かぶラインが再構成される。しかし、ルートは依然として階段の下を示し続けていた。先ほどまでのパノラマを見るかのような俯瞰的な表示は消え、再び現実の床や壁に沿う形で、細く発光する道筋が現れた。

 今度は、下へ下へと降りて行った。気づけば、先ほど銃をとった階層へと降りてきた。扉は変わらず半開きの状態で固定されていて、その隙間から同じ景色が出迎えていた。一度は行ったことのある場所だが、最初と変わらず慎重に足を踏み入れる。

「今日はここでキャンプをとることにする。そこら辺から燃えそうなものを探すか…」

 そう言い、辺りを見回したが、目に入ったものはどれも燃えそうになかった。棚という棚を開けると何とか火を起こせそうなくらいのものが集まった。集めたものを床の一角にまとめる。

 少し湿気を含んだ紙類、古いパッケージの破片、棚の裏板。どれも状態は良くないが、どうにかすれば火種にはなるはずだ。それに今日は油を見つけた。最悪これさえあれば火は起こせる。

「Alpha、発火補助はできるか?」

「火災程度の火力でなければ起こすことが可能です。キャンプファイアーなどの小規模であればエネルギー消費を抑えた点火モードでも着火が可能です」

「Alpha…ジョークを覚えたか。火災程度の火力は必要ないはずなのにそんなことを言うようになったか。最初の時より人間らしくなったな」

「じゃあ普通の火力で頼む」

 床に簡易的な火床を作る。風のあまり吹かない角へと向かい、大きな素材を先に置き、着火しやすい位置に燃えやすい小さな紙片などを置いた。準備が整うと、手を引いた。

 次の瞬間、一筋の火が落ちる。火が火床に落ち一瞬遅れて、紙が焦げる匂いが立ち上った。紙は黒く変色し、灰色の灰へと姿を変えた。やがて中央から小さな橙色の炎が揺れる。頼りない小さな火だが、それはやがて大きな炎へと姿を変えた。

「……よし」

 小さく息を吐く。炎はゆっくりと広がり、周囲の素材を順に燃やしていく。

不安定ではあるが、完全に消える気配はない。これなら、しばらくは持ちそうだ。

俺は壁際に寄りかかりながら腰を下ろした。

 銃を手の届く壁に立て掛け、背中をコンクリートに預ける。コンクリートの持つ冷たい感触がじわりと伝わってくるが、今はむしろそれが心地良く感じた。火の揺らぎが、ビルの一フロアに影を生み出す。

「今日の活動報告を報告します。移動距離25キロ。想定より少ない距離ですが、都市を抜けるまではこのペースが続くと推察できます」

「分かった。この街を抜けるにはあと何キロあるんだ?」

「現在私たちがいるのは都市の中央部です。ここからセストレアまでの経路をだドルと約50キロで都市を抜けれます」

「あと二日か…今日は早いがもう寝る」

 そう言い、ブランケットを一枚取り出し体に掛けた。火の近くに手をかざす。わずかな熱でも、冷えた指先にははっきりと感じられた。眠りにつく前に最後にAlphaに尋ねた。

「Alpha、このフロアの熱源スキャンは?」

「現在、あなたとここにある火源以外に有意な反応は検出されていません」

「……そうか」

 なら問題ない。この時間帯に動こうとする人はほとんどいない。電力の限られた今、夜間の行動は余計に体力を消耗するだけだった。ここに人が来ることは無いと判断し、視線を火へと戻す。

 炎は変わらず揺れている。その単調な動きが、徐々に意識を鈍らせていく。外の風の音も、あまり届かない。完全な静寂。

 その中で――そばにある焚火からパチ、と小さく火が弾けた。

 俺は無意識に銃へと手を伸ばし、すぐに力を抜く。

「……過敏になりすぎたか…」

 誰にともなく呟く。だが、この都市では、その『過敏さ』こそが生存に直結する。過敏さを失えば、それはすなわち死を意味した。壁にもたれたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 睡眠をとっても意識を完全に手放すつもりはない。ただ、浅い休息を取るだけだ。

火の揺らぎが、まぶたの裏に赤く残る。そして、意識は深いところへ落ちて行った…

 俺はAlphaによって目を覚ました。

「今何時だ?」

「現在:4月14日午前7時38分です。気象状況は良好です。今日一日晴れそうですね」

「そうか…早く荷物を片付けて目標へ向かうか」

 俺は焚火の方を見た。燃料の尽きた焚火は既に鎮火していた。そこに残っていたのは炭のかけらと灰だけだった。

 俺は、荷物をまとめビルを後にした。扉を押し開け、外へ出る。朝の光が、廊下の奥まで差し込んでいた。昨夜とは違う、じりじりと照り付けてくる太陽の光。空気も乾いていて空気の重さを感じさせられなかった。湿った匂いは薄れ、代わりに上層から乾いた空気が流れ込んできていた。


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