XX45年5月21日『カステル都市群総合原子研究所』:第二実験:転送路
すべての機器という機器の回路は、異常な電流によって次々と焼き切られていた。制御卓から送られる命令はどれ一つとして応答せず、モニターには無情にも『オフライン』の文字だけが増え続けていく。
最後の安全装置であるビームダンプも展開を試みた。しかし、駆動回路はすでに破壊され、機構は一ミリたりとも動かない。
「ビームダンプからの応答がありません。起動不可です」
「非常停止系統、全系統オフラインです」
研究所が幾重にも用意していた安全装置は、一つ、また一つと機能を失っていく。今や加速器を止める手段はほとんど残されていなかった。
制御室内は重苦しい空気に押し潰されかけていた。その瞬間、一人の研究員が一つの意見を出した。
「粒子ビームを退避路に送ってみてはどうでしょうか?」
その言葉に、制御室中の視線が一斉に彼へ向いた。
「リング間転送路です。ビームをもう一方のリングへ切り替えれば、一時的に加速器本体への負荷を分散できるかもしれません」
私は一瞬だけ考え込んだ。
二本の加速リングは、複数の粒子転送路によって結ばれている。本来は実験内容に応じて粒子ビームを瞬時に移し替えるための設備だ。設計上は十分な余裕を持たせてある。もし正常に稼働するなら転送路をうまく使えるかもしれない。
「……どちらの加速リングも稼働中です。移動させたときに事故が発生する確率もゼロじゃありません。それに今の電力状態で転送路を使えば、向こう側の負荷量が倍になってしまいます」
「それも承知の上です。しかし、このままではビームエネルギーは増加し続けます。止めるには、この方法しか残されていないと思います」
研究員の言葉に、誰も反論できなかった。このまま放置すれば、暴走は確実に進行する。それに、今以上に対処ができなくなるかもしれない。移動に伴う危険は承知の上だった。それでも、何もしないという選択肢は、すでに失われていた。
「……分かりました」
私は小さく息を吐き、制御卓へ向き直る。
「リングβへのビーム転送シーケンスを開始。全員、転送の準備を始めてください」
転送準備は、驚くほど順調に進んだ。
「転送路への接続完了しました」
「ビーム同期率、100パーセント」
「転送シーケンス、開始します」
研究員が認証キーを入力すると、巨大モニター上でリングαとリングβを結ぶ転送路が青く点灯した。
次の瞬間、リングαを周回していた粒子ビームは、転送路へ吸い込まれるようにその軌道を変えた。
「転送路への移送成功しました」
「粒子ビーム、正常にリングβへと移行しています」
制御室に安堵の空気が流れる。暴走したビームは予定通りリングβへ送り込まれた。転送路は正常に動作し、ビームをリングβへ送っていた。
リングβ側のビームダンプで双方の粒子を吸収できれば、この暴走を止められるかもしれない。誰もがそう期待した、その瞬間『WARNING』と警告が赤文字で表示された。そしてログに警告内容が表示される。
『リングβ:ビームダンプ異常』
リングβのビームダンプは最初正常に稼働していた。が、半分ほど軌道がずれた時、停止した。
制御室の空気が凍りつく。
「……何?」
「ビームダンプがこれ以上展開できません。リングβの粒子ビームを退避路に転送できません」
リングβの粒子ビームはαのビームが到達する前に退避路に送られ減速するはずだった。しかし、ダンプは異常電流によって制御回路が破壊されていた。
二つの粒子ビームは吸い寄せられるように転送路へと伸びていく。
「リングβの粒子ビームが転送路に侵入しました」
「退避路への分岐…できません」
モニターに映し出される二本の軌跡は一点に向かって伸び続けていた。リングαから送り込まれた粒子ビーム。そしてリングβを周回していた粒子ビーム。
互いに減速することも、軌道を変更することもなく一直線に進んでいく。ただ定められた転送路を、光速に限りなく近い速度で突き進んでいく。
そして巨大モニター中央に予測軌道が重ねて表示された。二本の線は、完全に一致した軌道を描いていた。
『衝突予測地点:転送路A-01セクター2』
『衝突まで残り1.2秒』
制御室から音が消えた。誰もがモニターを見つめたまま動けない。
「軌道変更できません」
「磁場制御も不可です」
研究員たちは最後の可能性にすがるように次々と指示を飛ばす。しかし、そのどれ一つとして加速器へ届くことはなかった。巨大モニターのカウントだけが、無情にも減り続ける。
二本の粒子ビームは、超電導磁石により光速に近い速度を保ちながら互いを目指すように一直線に進んでいく。ビームは人類史上最大級のエネルギーを蓄えたまま速度を落とすことなく加速路を突き進んでいった。そしてカウントがゼロになった瞬間、モニター中央で、二本の軌跡が寸分のずれもなく重なった。




