XX45年5月21日『カステル都市群総合原子研究所』:第二実験:オーバーフロー
粒子の速度が落ち切り実験が終わろうとしたその瞬間、甲高い警告音が研究所全体へ響き渡る。巨大モニターが一斉に白く明滅した。私は慌てて、モニターを覗き込む。
「許容容量を大幅に突破していたのか…」
そう呟く先のモニターには一つのログが完結に記され、グラフが変動し続けていた。
『HDI絶縁体:大破』
『電源回路E15接続済み』
表示されたログを見た瞬間、私は言葉を失った。
「そんな馬鹿な…こんなことがあり得るのか」
HDI絶縁体は、この施設で最も高い絶縁性能を持つ設備だ。想定されるあらゆる電圧に耐えられるよう設計されていた。多少強力な電流であったとしても防ぐことができるはずなのだ。
なのにそれが、破壊されたのだ。額に汗がにじむ。私はすぐに崩壊直前のログを呼び出した。
「直前五秒間の電力データを表示してくれ」
研究員が端末を操作すると、巨大モニターには送電量、電圧、電流の推移が時系列で展開される。
そのグラフに記されていた値は常軌を逸した量だった。
「……あり得ない。この量の送電が発生することは無いはずだ…なのになぜ…」
MRLから流入していた電力は、すでに設計上の最大許容値を大きく超えていた。その量は送電線も大破に追いやるほどの電力量だった。電圧も、電流も、どちらも等しく想定値を逸脱していた。
「アーク放電の発生記録がありました。絶縁体周辺の監視映像を表示します」
研究員がそう言うと巨大モニターに、HDI絶縁体付近の監視映像が映し出される。
画面には、絶縁体によって隔てられた二つの巨大な電極が映っていた。その間には数十センチほどの空間があり、本来なら電流が流れることは決してない。
次の瞬間だった。電極の一端で、一つの青白い光が小さく弾けた。それは最初、一瞬の火花にしか見えなかった。しかし、その光は刹那のうちに幾筋ものアークへと分裂していった。
「このタイミングでアーク放電が発生しています。当時のMRL出力は580%です。近辺数秒の間に大幅な出力の増加がみられます。理由は不明です」
蒼白く光るアークは激しく枝分かれを繰り返しながら、絶縁体へと伸び続けた。アークは数秒しか持たなかったが。消えていくスピードより発生するスピードが上回り始めその数は瞬く間に数十、数百へと増えていった。
本来なら絶縁体によって遮断されるはずの空間は、すでに高電圧とアークにより多大なダメージを食らい始めていた。
やがて、その中の一本が絶縁体の表面へ到達する。轟音とともに青白い光が辺り一面に広がり、プラズマを四散させた。
「絶縁体へ多大なダメージが掛かっています」
さらに一本のアークが監視カメラへ向かって跳ね上がった。とてつもない光量の閃光と共に映像は激しいノイズに埋め尽くされた。そこからはノイズが続くばかりだった。
「過剰電力が発生させたアークが絶縁体を食らいつくしたのか…」
私は静かに呟いていた。本来なら、HDI絶縁体が回路を完全に遮断した時点で電流は途絶えるはずだった。
しかし、MRLから送り込まれた異常な高電圧は、その障壁を破壊し尽くし回路を再接続したのだった。この状況を何とか理解しようと思考の整理を始めた。だが、既に思索を巡らせるような時間は残されていなかった。モニターというモニターから警告が表示され始めたのだ。限界を超えた電流は内部に侵入してしまったのだ。
私は静かに呟いていた。本来なら、HDI絶縁体が回路を完全に遮断した時点で電流は途絶えるはずだった。
しかし、MRLから送り込まれた異常な高電圧は、その障壁を破壊し尽くし回路を再接続したのだった。この状況を何とか理解しようと思考の整理を始めた。だが、既に思索を巡らせるような時間は残されていなかった。モニターというモニターから警告が表示され始めたのだ。限界を超えた電流は内部に侵入してしまったのだ。
研究員の一人が悲鳴にも似た声を上げる。
「博士。加速器への入力電力が止まりません」
「更に、電力系統すべての制御が効きません」
「磁石電源への供給が増加しています」
「ビームエネルギー上昇しています。停止しません」
そう言った、悪い報告が制御室内を埋め尽くした。私は反射的に中央モニターへ目を向けた。リングα、リングβの両方で、粒子ビームのエネルギーが異常な速度で上昇している。
既に、出力を落とし時間とともに磁場出力が下がっていくはずだった。なのに今は対極の動きをし始めていた。流れ込んだ莫大な電力が超伝導磁石をさらに強め、粒子ビームを強制的に加速し続けている。制御は効かずただ暴走を見ることしかできなかった。
「減速シーケンスが反映されません」
「磁場強度、規定値を突破しています」
モニター上では、リング内部を周回する粒子ビームの軌道が白く輝き始めていた。示されるビームの起動は完全な円を示していた。測定機器の値はオーバーフローし使い物にならなくなっていた。
「測定器が飽和しています。ビームエネルギー測定不能」
加速器はもう完全に暴走していた。超電導磁石も、電流も、そのすべてが制御不可に陥っていた。




