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MRL  作者: 化琉壮一
第四章:XX45年5月

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XX45年5月21日『カステル都市群総合原子研究所』:第二実験

 目標出力に到達してから数分が経過したが、加速器は最大出力を維持したまま極めて安定した状態で稼働を続けていた。

 巨大モニターには観測データが絶え間なく流れ続けては、記録されていっていた。粒子ビームの軌道、磁場強度、トンネル内の真空度、そして冷却温度。そのどれもが許容範囲内を示し、成功を裏付ける数値が刻まれ続けていた。

「ビーム軌道、依然として安定しています」

「磁場補正値も、正常範囲内です」

「冷却能力の余剰、22パーセント」

 研究員たちの報告にも、先ほどまでの張り詰めた空気はなくなっていた。緊張していた表情は少しずつ和らぎ、安堵の色が広がっていく。

 この実験は成功した。誰もがそう確信し始めていたその時だった。

「……博士」

 一人の研究員が、小さく私を呼んだ。そして続けてこう言った。

「主電力系統の負荷率が、予測値を上回っています」

 私はすぐに研究員の端末へ目を向けた。表示されているグラフは、シミュレーションの予測曲線からわずかに外れ始めている。

「予測値との差は?」

「現在、予測値より約2.8パーセント高い状態です」

「誤差かもしれないから、まだ心配する必要はありません」

「そうかもしれませんが、今その差が徐々に広がっていまして。それに電流調整用のバッファに高負荷が掛かっています」

 私は手元のタブレットを操作し、施設全体の電力供給状況を確認した。都市群から送られてくる電力は予測通り。そして予備電源にも異常は見つからなかった。

 ただ、MRLから流れてくる電力だけは平常時より少し高まっていた。

 中央のモニターを操作し電力の推移を表すグラフを表示させた。モニター中央には新たなグラフが展開され、動き始めた。グラフには予測値と実測値の線が描かれている。最初は完全に重なっていた二本の線は、時間の経過とともに少しずつ開き始めていた。

「それに伴い電圧も上昇しています」

 別の研究員がそう報告をした。

「主電源回路の電圧、推測値を2パーセント超過しています」

「リングα、βともに給電回路内で同様の傾向を確認しました」

 制御室の空気が再び張り詰める。つい先ほどまで響いていた歓声は、いつの間にか消えていた。私は表示された数値を見つめながら指示を出した。

「実験中止停止システムの起動用意を」

 研究員たちはその言葉を聞き慌てて動き始めた。それぞれが機械の端末を操作し始めた。制御室には再びキーボードを叩く音だけが響き始める。だが、その音には汗にが滲んでいた。

「停止シーケンスを起動しました。現在待機中です」

「非常用放電回路、スタンバイ」

「粒子ビーム減速プロセスの準備完了しました」

 作業が終了したことを告げる報告が次々と返ってきた。そして緊張した様子でグラフの推移を見届けていた。一パーセントにも満たなかった予測曲線と実測値の差は、ゆっくりと、しかし確実に広がり続けていた。

 ほんの数パーセントという差異だったが、この実験で扱っているエネルギー規模を考えれば、その数パーセントは小規模な都市一つ分の消費電力に匹敵する量だった。

「現在の超過率は?」

「電流値、予測比より7.5パーセント増加しています。そして電圧も、4.6パーセント上昇しています」

「上昇速度は現在増加を続けています」

 研究員の声に、迷いが混じる。

「増加率は毎秒0.12パーセントです…収束傾向は現在確認できません」

 その報告を聞き、私は息を吐いた。普通ならば、出力が安定した時点で電流も電圧もある一定の値へ落ち着く。さらに、この実験は国家プロジェクトだった。何年ものシミュレーションを重ね、あらゆる誤差を織り込んで設計されている。

 自然に増え続ける理由がない。

「リング内部の粒子密度に異常は?」

「粒子密度にも異常は見つかりません。磁場強度、冷却能力、超伝導磁石を含めたすべてに異常はありません」

 どこにも異常らしき異常は見つからなかった。すべての値は正常そのものでただ、少しだけ電力関係の負荷が大きいだけだった。

 別の研究員が、わずかに震えた声で私の名前を呼んだ。

「MRL側の送電量が規格よりわずかに上回ってます」

 その言葉を聞きすぐに表示をグラフから切り替えた。この加速器の稼働に必要な多大な電力を維持するためにこの施設はMRLから直接電力を確保していた。本来なら必要な電力分だけがこの加速器へ送られ、残りは都市群へ送られるはずだった。

 しかし画面では、送電量が想定値を大幅に超えた送電量が表示されていた。その量はコンデンサや変圧器に多大なダメージを与え回路を焼き切ってしまうほどだった。

『MRL送電量:118%』

 そう示された数値はゆっくりと、しかし止まることなく上昇していっている。

「送電量が、許容値を大幅に超えている…MRLからの電力をカットする機構を…」

 そう言った瞬間、制御室は甲高い警告音が響き渡った。警告灯は赤く光り、電力館使用のモニターには数多のエラーが表示された。

『ERROR:コンデンサ1,2,3:オーバーフロー』

『ERROR:全コンデンサ:オフライン』

『変圧器:処理負荷120%』

「変圧器内電力がオーバーフローを起こしています。過負荷により第一変圧器の回路が焼けて機能が停止しました」

「第一変圧器が落ちました。すべての負荷が第二変圧器へ移行しています!」

 研究員の報告が終わるより早く、新たな警告文が制御室のモニターへ表示された。

『WARNING:第二変圧器への過負荷を検知』

『現在の処理負荷:162%』

『変圧器内部の温度上昇中』

 巨大モニターに表示された変圧器の温度は、見る間に上昇していく。元々80度近くだった変圧器の温度は600度に達し今や900度に到達しようとしていた。

「第二変圧器の耐久度限界に達しました」

 そういう報告がされた刹那、鈍い爆発音が地下から響き渡った。床は大きく震え、照明が一瞬だけ明滅した。

「第二変圧器の機能が停止しました」

 さらに間を置くことなく、第三、第四変圧器にも異常を示す赤い警告が表示された。

「全変圧器に高負荷が発生しています。さらに保護回路が作動しません」

 機器が壊れるたびに、残された設備へ耐久度限界を大幅に超える異常な電力が雪崩れ込み機器の回路を破壊していった。画面上では送電量の数値が止まることなく上昇を続けていた。

『MRL送電量:124%…』

 その表示を見て私は制御卓へ身を乗り出し、指示を出した。

「MRLとの送電回路を切り離せ。実験も停止させる」

「電力遮断シーケンス開始」

 研究員が端末を操作すると、巨大モニターには施設全体の送電系統図が映し出された。加速器とMRLを結ぶ主要電力回線。その途中に設けられた巨大な絶縁体で作られた隔壁ゆっくりと閉鎖していった。

『非常絶縁装置:正常作動』

『HDI超高耐圧絶縁材…挿入中』

「あと数秒で電源回路の遮断が完了します」

『HDI…挿入完了』

 巨大モニター中央に、遮断完了を示す青い表示が灯った。そして内部へ侵入する電力量が目に見えて減少していっていた。

「送電回路の切り離しを確認しました。加速器内への流入電力量は正常です」

 そう言った研究員の声に、制御室の誰もが安堵の表情を浮かべた。今の隔壁で外部から流入してきた異様な量の電力は遮断することができた。そしてゆっくりと実験は終わっていった。電力の接続を切った加速器内では粒子ビームが速度を落とし続けていた。そして実験はゆっくりと終了に近づいて行っていた。

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