荒野地帯:元C-1:EMP
「方位120……いや、180か……!?」
五感を極限まで研ぎ澄ます。コンタクトやサーモグラフィーの電子支援がない今、頼れるのは自分の耳と、銃の冷たい感触だけだ。聴覚を研ぎ澄ましていると前方右寄りの岩陰で、わずかに金属が擦れるような音がした。
「……そこか!」
俺は体に染みついた感覚だけでライフルを突き出し、引き金を引いた。乾いた銃声が響く。だが、手応えはない。弾丸は硬い岩盤を弾き、虚しく落下していくだけだった。
「フェイクだった…」
貴重な銃弾を無駄にしてしまった。それと同時に、俺の放った銃声を合図にするように、複数の方向から一斉に足音が激しくなり、距離を詰めてくる。
残弾はあとわずかで、生命線の電子機器たちは全滅。完全に孤立したこの状況でフル装備の相手をしなければならない。
「このままじゃ、全滅か…」
敵の包囲が狭まってくる。この状態で、俺が勝てる確率は限りなく低いことはすぐに想像できた。
なら、一か八かを賭けてでもこの場からの逃走を試みる価値があった。
俺は浅く息を吸い込み、周囲へ視線を走らせる。赤茶けた峡谷、風化した岩盤、そして残された文明の残骸。そして、その向こう側――深く裂けた峡谷の縁。
どこを見てもまともな選択肢は見つからない。だが、ここで包囲され続ければ確実に死ぬ。
「……Alpha。生きてるなら応答してくれ」
ノイズ混じりの沈黙。だが数秒後、ザーッという砂嵐の奥から途切れ途切れの声が返ってきた。
「……最低限の音声回路のみ……復旧できました……」
「それでも十分だ。周囲の地形データは残っていないか?」
「……これまでに構築したデータが一部を除き破損しています。ですが……付近を調べた結果、前方約二百メートル地点に高速道路の残骸が見つかりました。この峡谷に垂れ下がるようにして、変形しています」
元々あったはずの高速が変形し垂れ下がっているだけだ。だから完全には繋がってはいない。だが逆に言えばそこへ飛び移れる可能性がある。
俺はライフルを握り直した。
「その望みに賭けるしかないな……」
その瞬間だった。背後で砂を蹴る音が聞こえた。近い。俺は反射的に振り向き、迷わず引き金を引いた。
大きな銃声。それと同時に、大地の一部が崩れ砂煙を上げた。そして、強風が辺りの視界を奪った。
当たらなかったが、逃げる隙はほんの少しだができた。
「今だ……!」
俺は鉄骨の陰から飛び出した。Alphaの示す場所まで全力疾走で駆け抜けた。
EMPで死んだアシストシューズは、もはや重りでしかない。それでも俺は脚を動かし続けた。ここで止まってしまえば確実に死ぬ、その意識だけが俺を突き動かした。
背後から相手の走る音が聞こえる。それと同時に右頬を弾丸が掠めた。
「くそ…もう抜けたのか」
掠った場所が、冷気に当たり激痛が走った。だが止まれば終わることは容易に想像できる。俺は遮蔽物を利用して何とか撒こうとした。だが、敵も逃がすわけにはいかないのか追いかけてくる。
しかも圧倒的な速さで。きっと相手は光学迷彩以外にも、身体能力強化も使っているのかもしれない。
「……後方から敵3人……現在高速で距離縮小中……」
「クソッ……!」
俺は崩れた文明の残骸を押しのけながら、峡谷沿いを走った。足元の砂利がパラパラと谷底へ沈んでいく。下を見れば、底すら見えない闇が広がっていた。
まもなくして視界に高速道路の残骸を捉えた。大峡谷をまたぐようにして倒れていた。
巨大な鋼鉄の橋梁のようなものは途中で千切れ、片側だけが辛うじて峡谷へ突き出している。先端は空中で終わっていた。普通なら、ただの行き止まりで行こうともしないような道だ。だが。橋の向こう側には、身を隠せそうな建築物の残骸が複数見えた。
高速まで距離は――約数メートル。アシストシューズがなくとも飛べなくはない距離だ。問題は、そのあとだ。
EMPでアシストシューズは沈黙。これまであんなに役に立ったこの靴が今や足枷となって俺に立ちはだかっていた。
だがそんな悠長に考えている暇はなく、後ろからは足音が確実に、そして素早く迫っている。
「敵接近……残り五十メートル……」
銃弾を再装填し応戦は出来ない。逃げようにももう崖は時まで追い込まれた。
「……飛ぶしかねえか」
老朽化で錆び付いた鋼鉄が悲鳴を上げた。そしてミシミシと鳴りながら谷底へ曲がっていく。
そしてそれと同時に対岸から怒声が飛んでくる。そしてそれと同時に銃弾が容赦なく降り注いだ。俺は、被弾しても止まらずに全速力で逃げていった。その先は、何百メートルも続く死の谷。崖ギリギリで地面を踏み切り体は宙を舞った。飛び上がった先には視界を埋め尽くす、赤茶けた峡谷と朝焼けの空が広がっている。早朝特有の冷たい風が全身を流れてゆく。
落ちてゆく視界が橋を正確に捉えた。そして、不安定な橋の上に着地した。
後ろを見るとあいつらがもう来ていた。俺は、手で体を起こし、なんとか走った。銃弾が雨のように俺に襲い掛かってくる。




