荒野地帯:元C-1:本線高架
周囲がほんのりと明るい青に染まり始める早朝、俺は耳の奥に響くAlphaの鳴らす警告音で叩き起こされた。
「急にどうしたんだ? それもこんな朝早くに……」
その理由は聞くまでもなく即座に返ってきた。
「目を覚ましてください。付近に熱源を多数捉えました。しかし、相手は高度な光学迷彩を用いていると思われ、現在、こちらの視覚情報からは完全に視認不可となっています。……敵の包囲網が形成されつつあります。方位、30、49、120、180、260、270。各方角に一人ずついます。距離が近づいています……もう戦闘を回避することは不可能に近いでしょう」
光学迷彩で偽装している誰かが俺を狙っている。光学迷彩を使っているあたり相当な手練れだろう。
「こんな辺境の地でも、いるのかよ…」
先程の眠気は一瞬で吹き飛んだ。睡眠状態から覚醒し、心拍数が上がる。俺は、バックパックの側面に括り付けていた長銃身の旧式ライフルを鋭い動作で引き抜いた。銃身の金属同士が擦れ合う、冷たくて乾いた音が朝の静寂に響く。
銃を手にしてから触れたことのない部分に手を伸ばした。そして、これまで込めることのなかった薬室にマガジンからの弾丸を送り込み、銃口をまだ霧の立ち込める青い荒野の先へと向けた。
「システムで最大限の補助を行います。サーモグラフィー、及びマーカーを起動します…」
その瞬間、俺のコンタクト越しに見える薄青い景色のなかに、不自然に揺らめく人型の赤い熱源が、おおよその距離と方角とともに浮かび上がった。
辺りを完全に包囲されていた。敵は周囲の赤茶けた岩盤や霧に同化しながらも確実に銃口をこちらに向けているのだろう。
「Alpha、目標を…」
「最も距離が近い敵から順にターゲットを指定。方位180度、距離85メートル、現在急速接近中です」
俺は、銃口を敵影に向けたまま発砲しなかった。俺は、銃撃に不慣れだ。だから、下手に撃ったところで弾を無駄に消費するだけだ。確実に当てれるその距離につくまで俺は撃てない。
「3秒後射撃開始。開始まで3…2…1…。射撃開始」
俺はその合図とともにがれきから体を出した。ライフルのスコープと射線が近づいてくる敵を完璧に捉えた。俺はその瞬間銃弾を撃ち込む。相手も銃口をこちらに向けた、がすでに遅く銃弾の雨に喰われた。
「次、方位260度。即時に射撃開始」
俺は、再度スコープで標準を合わせる。そして、引き金を再度引いた。再度容赦なく引き金を引いた。順調に敵に応戦している途中、ふいに背後から何かが投擲されてきた。それと同時に激しい閃光が辺りを包んだ。
その瞬間、視界の端から一気に走った強烈なノイズが、コンタクトレンズの表示を無残に焼き切った。サーモグラフィーの赤い熱源がすべて消失し、視界は朝の青に再度染まった…
「EMPか…よりによって複数対一の時に…」
昨日まであれほど心強かったAlphaの案内、フル充電のバッテリー、アシストシューズまでもが一瞬で使用不能に追いやられた。イヤフォンから聞こえるのは、鼓膜を刺すようなザーという砂嵐のようなノイズ音だけだ。あの一瞬で手にしていた電子機器がすべて沈黙した。
「電気回路をすべてやられた……!」
祐が完璧に調整してくれたはずのアシストシューズも、今はただの重い金属の塊となって俺の脚にのしかかっている。
だが、絶望している暇は一秒もなかった。光学迷彩を纏った敵は着実に迫っていた。静寂を取り戻した荒野の風の隙間から、確実にこちらを包囲し、距離を詰めてくる人間の足音が聞こえてきた。相手はこの手の戦闘になれている。EMPを投げ込んでこちらの目と耳を潰し、完全に仕留めにきている。
俺は背後の鉄骨に背中を預け、息を殺した。ライフルの残弾を確認する。マガジンの残りは、もう数発。きっと敵はリロードの隙すら渡してくれないだろう。だから、この数発が生死を分ける数発だった。




