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MRL  作者: 化琉壮一


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3/9

オルタビア:中央セクター

「しばらく、案内に専念するため一部の機能を制限します。会話などの返事を出来ない可能性が高いですがお気になさらず」

 そう言って、Alphaは沈黙した。

 歩き始めてから数時間。時間と方向の感覚はとうに曖昧になっていた。辺りは背の高いビルに囲まれていてAlphaの案内無しではここがどこでさえ分からないほどだった。都市はあまりにも巨大で、あまりにも複雑すぎた。もはやそこは「街」というより、一つの国家、あるいはそれ以上の構造体だった。一つ一つのセクターですら広大でひとつのセクターを抜けることさえ、今では簡単なことではなかった。

 進むにつれて、周囲の景色は徐々に変化していった。低層の建物は次々と姿を消し、代わりに視界を覆いつくすかのような高層ビル群が立ち並び始めた。ガラスと金属で構成されたそれらは、まるで地面から生えた巨大な杭のように空へと突き刺さっている。

 やがて、その高さは常識の域を越えた。見上げても、それぞれのビルの頂上は見えない。風が霧を流し晴れ渡った今でさえ、ビルの上層は雲の中へと消えており、その全体像は頭の中で想像するしかなかった。風が上空で唸りを上げ、その反響が遅れて地上に届くたび、この場所が本来想定されていない規模のビル群であると思い知らされる。そして時折、ビル風がトルネードのような強さで突き抜けてくる。そのたびに付近のビルは大きな音を立て再度軋んだ。

 足元に目を戻すと、ひび割れた舗装の隙間から雑草が伸び、錆びた案内標識に絡みついていた。かつて整然としていたはずの都市は、ゆっくりと、しかし確実に都市とは違う別の何かへと変わっていっている。そうしてようやく、中央セクターへとたどり着いた。

 そこは第7セクターとは全く違った光景だった。無数の空中回廊が幾重にも重なり、交差し、捻じれ合いながら都市の内部を貫いている。まるで巨大な機械の内部構造をそのまま露出させたかのような、複雑で効率的な構造。一部は完全に崩れ去り、道は途絶えてしまったものの今でもその道は歩けそうに思えた。

 かつて、この場所には人が溢れていたはずだ。昼夜問わず通路は足音で満ち、ホログラムの広告の光が絶え間なく瞬き、誰もがどこかへ急ぎ歩いていた。そんな光景が、断片的な記憶のように脳裏をかすめる。

 ――そして今も、本来ならそうであるはずだった。

 だが現実は違う。空中回廊の上にも、地上の通りにも、人影はない。ただ風が吹き抜け、どこか遠くで軋む金属音が響くだけだ。かつて人がいた痕跡である――擦り減った床、放置された設備、色褪せた表示パネル――それらすべてが、静かに自然に侵食されている。そして、自然の一部となっていっていた。

 都市は未だに機能しているように見えながらも、都市は確実に廃れ崩壊していっている。

 地下へ続く入口を覗き込むと、そこにもまた別の静寂が広がっていた。長く続いた降雨の影響で、地下街の大半は水没している。濁った水面はわずかに揺れ、天井の照明の残骸を歪ませて映していた。今では排水システムもうまく機能せず、地下街も地下鉄もすべて水の中にあった。水の奥には、沈んだ看板やベンチの影がぼんやりと見え、かつてそこに人の生活があったことをかろうじて示している。

 その光景は、まるで都市の記憶そのものが、地下に沈殿した水へとゆっくり沈んでいくようだった。

 俺は地下へ降りることを諦め、再び視線を上へと向けた。コンタクトレンズに表示されたルートは、目の前にある空中回廊の一つへと続いていた。そばにあった錆びついた外階段を見つけ、慎重に足をかける。踏みしめるたびに、金属が鈍く軋む音を立てた。その音はやけに大きく響き、この静まり返った都市の中では、やけに大きく響き、他の音も聞こえることは無かった。

 数階分を上がりきると、ようやく回廊へと繋がった。足元は三角形のタイルが敷き詰められていて一歩踏み出すたびに通路の明かりが一段と明るくなった。周りはチューブのように透明な強化ガラスで覆われていて廃れた都市を見渡すことができた。そして俺は通路の先を見渡した。案内の矢印は、トンネルのさらに奥へと続いていた。

 回廊は複雑に分岐し、何層にも重なりながら都市の中心部へと収束していく構造になっていた。途中、途切れた通路や崩落した箇所も多く、そのたびにルートを再計算し遠回りを強いられる。そのたびにAlphaは辺りをレーダーで解析し新たなルートを導き出した。

「ルートを再検索中です…付近の地形情報から新たなルートを検索しています…再度案内を続行します」

 そうやって、Alphaがルートを再検索するたびにバッテリーの残量はみるみると減っていった。そして、バッテリーの残量はついには20%を切っていた。

 俺は歩きながらAlphaに尋ねた。

「Alpha。そんなにレーダー使って大丈夫なのか?バッテリーの消耗が激しいだろ。ここら辺は太陽光もビルに遮られていて発電ユニットも今は稼働してないはずだ」

 そう尋ねると、Alphaは少し考え言った。

「バッテリーの残量から見るに。このペースで使用しているとあと1時間ほどでバッテリーの残量が無くなります。しかし、レーダーを見た感じですとこの先は損傷が少ないことが分かりました。一人でも中央セクターへと到達できると思われます…」

 俺はそれを聞き、Alphaにもう一度質問をした。

「この付近に、到達可能な太陽光が来ている地点はあるか?」

「この付近ですとビルの屋上が可能性としては大きいかと思われます」

 それを聞くと俺は、回廊につながっている一つのビルへと足を踏み込んだ。このビルはどうやら商業ビルで辺りには複数の店舗と商品が陳列されていた。そして、辺りを見回しエレベーターホールを探した。探索を始めてみると案外すぐに見つかったが、当然のごとく電力は途絶えていてエレベーターが動くことは無かった。俺はその隣にある非常階段へと続く扉を押し開け、外へと出た。鋼鉄の扉は軋みながら開いた。非常時を想定して作られている非常階段は朽ちることなくその場にあり続けていた。

 扉の向こうは、ひんやりとした空気に満ちていた。外気にさらされているはずなのに、風はほとんど入ってこない。コンクリートと鉄に囲まれたその空間は、時間そのものが滞留しているような静けさを保っていた。

 上を見上げる。面積を抑えるために螺旋状に作られた非常階段は、薄暗い縦穴の中を延々と伸びている。どこまで続いているのか、視界の限界では判別できない。ただ、視界の限界付近にかすかな白い光が滲んでいるのが見えた。

 それは、雲の先で明かりを照らし続けている太陽の光だった。俺は階段の一段目に足をかける。ギィ、と金属がこすれる音が鳴った。

 だがその構造自体はしっかりしている。腐食によって段を踏み抜いてしまうような不安定さはない。さすがに「非常用」として設計されているだけはあった。一歩、また一歩と止まることなく上り続ける。そんな単調な動作の繰り返し。

 だが、その単調さが逆に神経を削る。足音が壁に反響し、自分の動きがやけに大きく感じられる。呼吸の音すら、この空間静寂に包まれている空間では異物のように浮いていた。

 数階、数十階と階段を上ったが、それでも屋上には到底辿り着かなかった。俺は階段の壁にもたれかかりながら言った。

「Alpha。このビルあとどれくらいあるんだ?」

「現在、このビルの中層程度に位置しています。このペースだとあと1時間ほどで屋上に到着する見込みです」

「一時間もかかるのか…帰りのことも考えると今日中に管理棟へはたどり着けなさそうだな。降りるのも二時間くらいかかるのか…」

 俺はそんな思考を振り払った。降りる時のことなど今はどうでもいい。今はただ上へ向かうことに集中すべきだ。階段での小休憩を終えさらに上を目指して階段を歩き始めた。

 数十歩と進む度、次の階の踊り場へと出た。そこにはそこの階層表記とそれぞれの階へ通じる重い扉が並んでいるが、開くことなく閉ざされていた。今では開けようとしても錆び切ってしまったドアはびくともしなかった。そんな買いを数十と進んでいるうちにとある階層へとたどり着いた。その階のドアは開け放たれていてそこから上空の乾いた空気が流れ込んできていた。

 俺は足を止めドアを覗き込んだ。中には店内らしき空間が広がっていた。倒れた棚、散乱した商品、割れた窓ガラス。そして、割れた窓からはうっすらと太陽の光が差し込んでいた。

「Alpha。ここで充電できそうか?」

そう尋ねると同時にAlphaから返事が来た。

「この光量だと発電するには不十分ですね…まだ雲があるみたいです」

 再び階段へと足を向ける。その時、視線の奥にこの場とは場違いなものが映った。俺は注意深くそれを見た。そこには一つのメモリーカードと共に黒光る銃身を持った銃が静かに横たわっていた。その銃は壁に立てかけられていた。俺はメモリーカードを手に取り腰のあたりに装着しているデバイスに差し込んだ。メモリーカードに込められていたメッセージがコンタクトに映った。

「このメモリーカードを見た者へ」

「俺はここから百キロ離れた都市から来た。このビルを探索中に新たな銃を俺は発見した。二つ持つには重量がオーバーしてしまうことが分かり、この銃を置いていくことにする。ここにたどり着いた旅人に幸運あれ…XXXX年01日23日

追記:銃弾は約200発残してある。そばのケースに収めておいた。」

 短くそう記されていた。俺はそこにある銃を手に取った。ずしりとした重みが腕にかかる。手に取ってみると見た目以上に質量があった。長距離用か、それとも対装甲を想定したものか。黒光りする銃身には焼けた跡が複数あり、比較的最近まで使われていたことが分かった。

 ゆっくりと構え、銃の使い心地を確かめる。

「Alpha、このモデルは?」

 すぐに応答が返る。

「旧世代の実弾式ライフルです。今では珍しい武器種ですね。エネルギー兵器と違い、外部電力に依存しません。現在の環境下ではむしろ安定した選択かと」

「なるほどな…」

 小さく呟き、銃を下ろす。そばに置かれていたケースを開ける。中には綺麗に並べられた弾薬。金属の光沢はまだ鈍っておらず、密閉状態で保管されていたのだろう。指で一つ摘み上げると、銃弾の冷たく硬い感触が伝わってくる。

 ――残弾は約二百発。

 この崩れ去った世界でそれがどれだけの意味を持つのかは、まだ分からない。だが、何も持たないよりは確実にいい。

 ケースを閉じ、弾薬と銃をまとめて装備する。元々携行していた装備に加えると、確かに重量は増した。だが動けないほどではない。むしろこの銃の重みが安心感を与えてくれた。ここは「ただの廃墟」じゃなかった。誰かが来て、それぞれの判断して、そして去っていった場所だ。

 視線をもう一度、店内へと向けなおした。割れた窓から差し込む光が、床に長い影を落としている。その光の中に、舞い上がった微細な埃が漂っていた。ゆっくりと、何の目的もなく浮遊している。

 その光景を見ていると、不意に思う。このメモリーカードを遺していった主は――無事に、この都市を抜けられたのか。

 それとも……いや、考えても意味はない。

 俺は視線を引き戻し、再び階段へと向き直った。

「行くぞ、Alpha。こっからは寄り道せずに屋上まで上がる」

「了解です」

 短いやり取りのあと、再び一段目に足をかける。先ほどまでとは違う感覚があった。背中に増えた重量。手の中にある確かな質量。それが、自分の行動にわずかな変化を与えている。

 ただの探索じゃない。いつか来るかもしれない何かに備えながら進む、という意識が芽生えた。階段を上るごとに、光は少しずつ強くなっていく。空気も変わる。湿った匂いは薄れ、代わりに乾いた風の気配が混じり始めた。その変化から上層に近づいていることがはっきりと分かった。そして、それから数十分、最後の踊り場にたどり着く。目の前には、屋上へと続く最後の扉。

 取っ手に手をかける前に、一度だけ足を止める。無意識に、背後を振り返った。静まり返った階段。誰もいない。何も動いていない。ただ、ここに至るまでの痕跡だけが、確かに残っている。

 ――それで十分だ。

 再び前を向く。ゆっくりと、扉に力をかけた。

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