荒野地帯:元C-1:料金所
深く裂けた峡谷の縁に沿って、どれほど歩き続けただろうか。
頭上では、灼けつく太陽が一切の容赦なく全身を照りつけていた。熱せられた岩盤は白く霞み、辺りには蜃気楼を発生させていた。地面へ溜め込まれた熱はブーツの底を通してじわじわと足裏へ伝わり、歩くたびに熱が体力を削り取っていった。
だが、どれだけ進んでも景色は変わらない。左右を埋め尽くす赤茶けた大地。そして、その中央を引き裂くように続く巨大峡谷。それはまるで大地そのものに刻まれた深い傷跡だった。
不意に――峡谷の底から強い突風が吹き上がる。
乾いた風は砂塵を巻き上げ、鋭い粒子となって容赦なく全身へ叩きつけてきた。俺は腕で顔を庇いながら足を止め、服に付着した砂を払い落とした。
その瞬間、耳の奥のイヤフォン越しにAlphaの声が響く。
「前方に人工物の残滓を発見しました。ただし、人工物としての機能はすでに喪失している模様です」
ここでは砂嵐がAlphaの声をほとんど遮ってしまう。だから、多少の電力のロスを気にしてはいられない。それに、ここは不運にも砂漠地帯みたいなものだった。Alpha曰く発電効率は過去最多だという。
俺は、視界に蒼くハイライトされている構造物を見た。通常の音声案内だけでは、Alphaの声はすべて砂嵐に飲まれてしまう。だから今は、多少の電力消費を無視してでもイヤフォンなどの機器が必要だった。
もっとも――この環境に限って言えば、電力だけは比較的余裕があった。
Alpha曰く、この砂漠地帯は高効率太陽光システムにとって最適な環境らしい。遮る雲もなく、照射量も他と比べ異常なほど高い。皮肉なことに、人が生きるには最悪の土地ほど、発電効率だけは優秀だった。
俺は視線を上げた。視界の先、青いハイライトで強調表示された巨大な残骸が見える。
かつては鋼鉄で構成された何かだったのだろう。だが今となっては、その原形を想像することすら難しい状態だった。巨大な鉄骨は途中から飴細工のように歪み、垂れ落ちたまま固まっている。断面は焼き潰され、金属だったはずの表面は黒くガラス化していた。
まるで、熱に消し去られたような姿だった。
「……あれだけの鉄塊が、一瞬に足りない時間であの状態まで持っていかれたのか」
思わず声が漏れる。
「ここにあったであろう残りの部分は……完全に気化したか」
足元の岩盤へ視線を落とす。周囲一帯には、高熱で融解した痕跡が広がっていた。岩肌は溶けて再結晶化し、自然の摂理をとうに越した不気味な光沢を放っている。
ここで何が起きたのか。想像したくもない。しかし、俺の瞼にはその光景をしっかりと想像することができてしまった。
「Alpha。一応聞くが……あの周辺に使える物資が残ってる可能性は?」
数秒の沈黙の後、淡々とした返答が返る。
「可能性は極めて低いでしょう。先ほど推測した通り、この構造物は超高熱反応によって一部を除き完全気化しています」
Alphaは続ける。
「また、周辺岩盤には広範囲のガラス化の痕跡を確認しています。爆心地付近に存在した物質は、金属・生体・設備を問わず、ほぼ例外なく融解あるいは蒸発したと推定されます」
砂漠のような乾いた風が再び吹き抜ける。峡谷の奥から聞こえてくる風鳴りはどこか不気味だった。
「……ですが」
Alphaが言葉を継ぐ…
「あの残骸は風除けとして機能する可能性があります。また、直射日光を遮断できるため簡易シェルターとしては有効です。現在時刻は日没に接近しています。私からは休息を推奨します」
「そうか…やっぱり、全部消えてるか」
もし何か残っていればと思っていた。だが、この有様では望み薄だろう。
「今日はここまでにしよう。Alpha、電力収支の報告を」
Alphaは即座に応答する。
「本日の天候条件は極めて良好でした。現在、電力収支は大幅黒字です。過去数日の赤字分を補填済み。さらに余剰発電により、全バッテリーのフル充電を完了しています」
「……珍しく景気のいい報告だな」
「はい。この地域の太陽光発電効率はこれまでの発電効率の過去最高値を記録しています」
皮肉な話だった。人がまともに生きられない場所ほど、自然を使った発電の理想環境になる。
壁に腰掛け、乾いた喉を潤すために水筒に手をかけようとしたが、思い直して手を離した。既に残りの水分はもう残り半分を切っていた。このペースで飲んでしまっては、明日ギリギリ持つかどうかだった。この先、いつ水源が見つかるかもわからない状況では、一滴の水さえも命のカウントダウンを遅らせるための貴重なリソースだ。
「……電力の次は水分か」
苦笑が漏れる。
「あの頃は、そんな心配すら必要なかったのにな……」
MRLや他の発電機器が正常稼働していて、電力が飽和していた時代。都市は使っても使いきれない電力を持ち、すべての資源の生産管理を自動で行えていた。
だが今は違う。人類は再び、有限の世界へ引き戻されていた。俺は太めの鉄骨へ背を預け、ゆっくりと目を閉じる。外では、峡谷を吹き抜ける風が絶え間なく唸り続けていた。
やがて空は赤から群青へ変わり――星の煌めく透き通った透明な夜がやってきた…




