荒野地帯:元C-1:サステル北部郊外
サステルの中心部を離れ、北部へ向かうにつれて、昨日まで耳にしていた人々の生活音や車の駆動音が、嘘のように遠ざかっていった。
幹線道路の脇に並ぶ建物は、徐々に風化が進んだ低層の家屋や崩落した物流倉庫へと変わり、やがてそれさえも、霧の向こうへと霞んでいった。
「この先、都市がない空白地帯が続きます。そのため物資の補給が困難になることが予想されます。リーソースの無駄遣いは何があってもできませんね」
「分かってる。これまでは偶然街が重なっていたから物資の余裕があった。ここからが本当の旅だな 」
サステルと郊外を分かつようにしてできていた短いトンネルを一つ越えた。そこから先は道路環境が急激に変化していた。幹線道路のアスファルトは急激に砕け、伊津部を除き地表から姿を消した。
眼前に広がったのは、サステルの風景からは想像もつかない、圧倒的な破壊と風化が作り出した乾燥した峡谷地帯だった。その風景に見慣れていたはずの山々や緑豊かな風景はどこにもない。大地が巨大な力で切り裂かれたかのように、赤茶けた堆積岩の層が剥き出しになった大峡谷が地平線まで続いている。
峡谷の底、はるか下方には、崩壊した橋梁の残骸が眠っていた。俺は峡谷の縁に立ち、広大な虚空を見下ろし、言った。
「……なぁAlpha。いくらなんでも環境が変わりすぎじゃないか?グランドキャニオンなんて、本来なら川や氷が何百万年もかけて大地を削ってできるもんだぞ」
俺の呟きに、Alphaは視界の端で環境データの再計算を走らせながら、静かに答えた。
「……地形データの照合完了。かつてここにあった地形とは劇的に異なります。兵器による膨大なエネルギーが削り取ったあるいは、とてつもないエネルギー波が大地を引き裂いたと思われます。……本来、大峡谷の形成には数百万年を要しますが、これらの方法なら、数時間もかからず形成できます。そして、数年がたった今、辺りの緑は完全に飲まれ、この山が境界線になったと思われます」
Alphaの声が、この美しくも恐ろしい絶景が、人為的な破壊によって作られた可能性が高いことを告げる。
そのことを言われた瞬間、昨日の光景がフラッシュバックした。一人の旅人らしき人が、言っていた言葉を思い出した。
「だが俺から一つ忠告だ。北へ行くなら気を付けろ。サステル越えた先は、本当に何も無い…」と、
俺は最初、都市がないだけだと思っていた。物資のない世界が広がっていると思ていた。だが現実は違った。確かに物資もなかった…がそれ以上に地形そのものが無くなっているのだ。
「まさか『本当に何も無い』とはな…」
俺は、乾いた大地に一歩を踏み出した。辺りの砂が宙へ舞い、風に流されて行った。一歩、また一歩と歩くために文明が遠ざかっているのを感じた。前にあるのは、砂と、岩。それだけだ。人工物もあったが、この大量の砂や岩の中ではただのごみにしか見えなかった。
俺は、そのまま峡谷の先へと進んでいった。
乾燥した風が、容赦なく肌を打ち据える。一歩進むごとに、足元から崩れる砂の音が静寂を破る。サステルという文明の灯火が、はるか後方へと消え去っていく。
人工物の残骸すらゴミのように飲み込むこの圧倒的な荒野は、自然の歩みではなく、人間が人為的に起こした何かの結果だった。辺りを見回しても終わらないような広大な土地が、ほんの数時間、あるいは一瞬の間に引き裂かれ、今の乾いた溝へと姿を変えたという事実。その歴史の重みと不気味さが、じわじわと肩にのしかかってきた。
「Alpha、この先、何時間、いや何日この景色が続くか、予測は立てられそうか?」
俺は荒涼とした地平線を見据えたまま、Alphaに聞いた。水や食料といった、生きていくためのリソースは限られている。更に都市の空白地帯というだけでなく、地形そのものが死に絶えたこの世界では、一歩の踏み間違いが命取りになることが容易に想像できた。
「現在、利用可能なデータとこれまでの進行速度からルートを算出中。ですが、地形の崩落が激しいため、従来のマップは役に立たないと思われます。常に障害物を回避しながらの移動になります」
視界に表示されるナビゲーションの光が、刻々と変わる等高線を捉え直していく。
「本当の旅、か…」
俺はバックパックのベルトを締め直し、崩れやすい峡谷の縁を慎重に歩き続けた。サステルの男の忠告は正しかった。ここにあるのは「無」だ。しかし、その先へ行かなければ、俺たちの目的地には一生辿り着けない。
風が吹き荒れ、視界が赤茶けた砂に染まる。俺は目を細め、ただ前だけを見つめて、文明の失われた世界へと深く足を踏み入れていった。




