サステル:祐の自宅:早朝
まだ日が昇り切っていない早朝――サステルの街は、深い静寂に包まれていた。
夜の間わずかに灯っていた明かりも、今ではほとんど落ちていた。その様子は都市全体が、次の朝まで息を潜めているようだった。
窓の外は、夜とも朝ともつかない淡い青に染まり始めている。都市部へ目を向けると崩れた高層ビル群の隙間を、白い霧がゆっくりと流れていた。かつてなら通勤車両で埋め尽くされていたはずの幹線道路も、今はただ静かに横たわっているだけだ。
外へ出て風邪を浴びた。優しく、そして冷たい風が俺の頬を撫でた。風は、風車を今日も動かし、今日の電力を生み出しているのだろう。遠くから、風車の回る独特な音が聞こえた。
その音を背に、俺は家へと戻った。デスクの方を見ると祐は、作業デスクに突っ伏すようにして眠っていた。
いつも研究をしている場所。いつも機材に囲まれていた場所。その中心で、まるで電池が切れたように意識を落としている。
机の上には、調整を終えたアシストシューズが置かれていた。最初に調整が終わったころと外装はほとんど変わっていないがきっと血の滲むような努力で改良がおこなわれていたのだろう。
このシューズに埋め込まれたモジュールはあの頃でも試験運用段階だった高性能補助モジュールたち。俺でさえ、数度しか見たこともないようなモジュールがここには埋められている。
その隣には、空になった栄養剤の瓶が何本も転がっていた。書き殴られた計算メモ、焼け焦げた回路、工具類。開かれたままのアシストシューズの概要。机の端では、まだ完全に冷え切っていないはんだごてから細く煙が上がっていた。
どこまで睡眠を削って作業していたのか、考えるまでもなかった。祐の目の下には深い隈ができていた。睡眠をろくに取らず最後まで作業をやっていたのだろう。
「……相変わらずだな」
思わず、小さく笑いが漏れた。一度研究に没頭してしまうと、自分の身体すらまともに管理しなくなる。崩壊前から、ずっとそうだった。
俺は静かに近づき、机の上に置かれたアシストシューズへ手を伸ばした。
アシストシューズの隙間には、新しく追加された配線が見える。内部制御ユニットも完全に再調整されていた。祐の癖のある設計思想まで、そのまま残っていた。
「……無茶苦茶な改造しやがって」
だが、その性能だけは信用できた。祐は昔からそういう男だった。理論よ証明するより先に完成品を叩き出し、証明する。そして完成したものは、必ず期待以上に動いたのだった。
Alphaが静かに言う。
「システム診断完了。機体性能が大幅に向上していることが分かりました。特に崩壊地形の踏破性能、瞬間的な加速性能が改善され、重力操作性能が追加されています」
「でも代わりにバッテリー消費も増えてるんだろ?」
「はい。最大出力時の連続稼働時間は従来比で38%低下しています」
「……だろうな。一部の機能を制限して使うか。今回の機能は緊急時に使えって祐も言ってたしな」
俺は苦笑しながらシューズを装着した。足へ固定された瞬間、内部に込められていた機構が静かに起動する。低い電子音と共に、脚部へわずかな補助圧力が伝わった。そして、コンタクトに情報が連携され付近のデータに合わせてシューズの性能が変化していた。
そして足への負担が、数段軽くなったのを感じた。
「歩行補助システム、視覚連携システム接続完了」
Alphaの声が響く。俺は軽く足を動かして感覚を確かめた。――問題ない性能だった。そして最後に、眠っている祐へ視線を向ける。
本当なら起こして、一言くらい言うべきなのかもしれない。だが、そんなことをすれば、多分こいつはまた無理をして見送りをしようとするだろう。
だから俺は、机の端に小さくメモだけを残して去ることにした。
『セストレアへ行ってくる。サステルを頼んだ』
短い一文。だが、これで十分だった。それだけを書き残し、バックパックを背負った。補充された物資の重みが、肩を伝って届いた。が、瞬時にそれを検知しアシストシューズは、荷物の重みを感じない強さのアシストが付く。
玄関へ向かいながら、最後に一度だけ振り返った。薄暗い部屋の中。崩壊した世界で、それでも都市を生かし続ける旧友の姿がそこにあった。
俺は何も言わず、静かに扉を開ける。冷たい朝の空気が流れ込んできた。そして、セストレアへ向かう、新たな旅が始まった。




