サステル:サステル研究所
「……まずは情報収集から始めるか…」
「現在の身体状態を考慮すると、宿泊施設の確保を優先することを推奨します」
「それは、俺は一番分かってる。だがその前に確認したいことが一つだけある」
俺は視界の端に展開された簡易地図を見る。
「まだこの場所、残ってると思うか?」
視界に表示されている地図は、この都市内にあるサステル旧研究区画の地図だった。崩壊前、この都市の技術開発の最先端だった場所…
Alphaはすぐに検索を始める。
「……一部施設は現在も利用されている可能性が高いです。複数の緊急事態を想定されて構築されている研究所であるため、この崩壊の波の中でも耐えきっていると思われます。しかし、現在も稼働させている技術者がいるかは未知数です」
「それなら問題ない。都市をここまで復旧か維持させるには技術者が必要不可欠だ。道路の補修跡も見ただろ。あれはビルのコンクリートを再利用していた」
ゆっくりと歩き出す。一歩足を出すだけで身体中が痛む。だが今は、それ以上に確かめたいことがあった。
研究区画へ近づくにつれ、周囲の空気が変わっていく。都市部の賑やかさは徐々に遠ざかり、代わりに視界を遮るような量の研究棟と研究所が見えた。崩壊した複数の研究棟群。
そのほとんどは自然の波にのまれたまま動きを止めていた。外壁には補修跡が至る所にあり、配線が露出していた。その中の一棟だけ、今でも使われているのだろうか、きれいに整備されている棟があった。
俺はその棟を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
「……まさかな」
世界が崩壊する前。このような状況になる前、ここには一人の科学者がいた。俺と何度も共同研究をしたことのある研究者で。研究のためなら徹夜を惜しまないような研究者だった。はたから見たら変人だっただろう。そして――プロジェクトの中止を最後に行方を知らない研究者でもある。
「Alpha。この施設付近に熱源反応ってあるか?」
「検索中…」
反応を検索し始めてから数秒後。
「……生体反応を一つ確認しました」
この中では未だに誰かが研究をしているのだろうか?その答えは分からなかったが、この先に答えがあるだろう。俺はゆっくりと研究棟の扉へ近づく。古びた自動ドアは半壊しており、今では手動でこじ開ける形になっていた。
金属扉に手をかける。そして、ゆっくりと押し開けた。
暗い研究棟の内部には機材が散乱しており、弱弱しい照明がほんのりと研究所を照らしていた。薄暗い通路の奥から足音が聞こえてきた。俺はとっさに銃をとりだし銃口を通路の先へ向けていた。
暗闇から姿が明らかになると同時に声が聞こえる。
「お前、まさか壮士か?」
その声の主は俺の良く知っている人だった。
「……その声」
俺は思わず銃を下ろしかける。だが完全には警戒を解くことは無い。こうなった世界では、知っている人が安全を意味するわけではないからだ。
あの頃、新品同様だった白衣はところどころ破れ、油汚れと煤で黒ずんでいる。だが、その目だけは昔と変わっていなかった。研究中、常に複数の可能性を同時に観続けていたあの目だけは…
「……生きてたのか」
男は信じられないものを見るように呟く。
「それはこっちの台詞だ。祐、お前も生きていたのか」
短く返す。数秒、互いに言葉が出なかった。世界が崩壊してから、再会したことは一度もなかった。知っている人間は、もう大半が死んでいるだろう。
男はゆっくりと近づいてくる。
「銃下ろせよ。今のお前じゃ撃つ前に足の方に限界が来るんじゃないか?」
「……見ただけで分かるのか」
「見るもどうにも、その歩き方で分かるさ」
苦笑混じりに言われ、ようやく少しだけ肩の力を抜く。祐は視線を下へ向けた。
「その装備……まだ現役だったのか」
「何とか揃えれた装備がこれだったんだ…」
その言葉に、小さく笑いそうになる。崩壊前と変わらない空気だった。だが次の瞬間、男の表情が少しだけ真面目になる。
「……で、お前。なんで今さらサステルに来た。プロジェクトが解散してからはここから遠く離れた都市で住んでたんじゃないか?」
空気が変わる。ただの再会じゃない。こんな世界で都市を渡り歩く人間には、必ず理由がある。俺は少しだけ間を置き、口を開いた。
「セストレアへ行くんだよ。そこに用があって…」
その瞬間。男の表情が止まった。
「……セストレア?」
「ああ」
「お前、正気か?」
俺が返事すると同時に、声が飛ぶ。
「もう研究は終了している。それに、パネルもろくに動いていないんだ…」
研究棟の中に沈黙が落ちる。弱い照明の駆動音だけが響いていた。やがて祐は小さく息を吐く。
「……なるほどな。あの頃からお前の無茶は変わっていないな」
「そっちこそ。こんな場所で何やってる」
そう聞くと、男は少しだけ視線を逸らした。
「見てわかる通り、都市のインフラ維持だよ。発電、浄水、通信補助……まあ雑用全部だ」
「研究者がやるような仕事じゃないな」
「世界がこうなった以上、研究だけしてればいい時代じゃない。それに技術者は俺しかいないんだ」
その声には、崩壊後を生き延びてきた人間特有の重みがあった。祐は再びこちらを見て言った。
「……とりあえず立ち話はやめよう。見た感じ本当に限界が近いんだろ。アシストシューズも故障しかけてるみたいだし、相当無理したんだろ」
「色々あってな…」
「ならうちにこいよ。話はそこでゆっくりしよう。まだ歩けそうか?」
そう言って男は研究棟の奥へ歩き出す。その背中を見ながら、俺は小さく息を吐いた。あの頃、廃れる前の世界へ戻ってきた気がした。




