サステル:都市外周
Alphaはバイタルをスキャンし、わずかな間を置いて報告した。
「全身に高負荷による損傷を確認しました。特に先ほどの着地時のダメージが顕著に出ています。サステル到着後、最低でも数日の休息を推奨します」
遅れて、痛みがやってき始めた。骨の奥から軋むような激痛。筋肉が裂ける寸前まで酷使された後の痛みが、時間差で押し寄せてきていた。
「……分かった」
短く答えながら、息を整える。
「こっから、あとどれくらいだ?」
「現在地点から約一時間です。なお、足損傷の影響により通常歩行は困難と判断しました。アシストシューズによる補助移動を強制的に適用します」
「……そこまで足はいかれているか…」
アシストシューズはこの困難を救ってくれたが、同時に俺の足を使用不能付近まで駆使した。しかし今は、アシストシューズの補助だけが頼みの綱だった。
俺はゆっくりと身体を起こした。立ち上がった瞬間、足を貫くように走る痛みで視界が一瞬だけ滲んだ。それでも俺は痛みに耐えながら立ち続けた。ここで倒れていてはサステルまで辿り着けるわけがなかった。
重い足を引きずりながら一歩、踏み出す。アシストが遅れて作動し、足を前へ押し出した。自分の脚で立っているのか、アシストシューズによって支えられているのか、その境界は曖昧になっていた。
だが確実に進めている。今はそれだけで十分だった。長大トンネルの出口の向こう。この山脈を越えた先にある、小さな生きている都市『サステル』
そこには、まだ『人』が生きていて生活を営んでいる。この朽ちた世界で何とか今を繋ぎながら維持している。そんな都市がある。
俺は痛みを引きずりながら、それでも足を止めずに前へ進む。休むのは――そこに辿り着いてからでいい。
足は段々と速くなり、高速でトンネルを抜けていった。
走り始めてから三十分ほどが経過した頃――長く続いていたトンネルに、ようやく終わりが見え始めた。遠く前方にある小さな光がだんだん大きくなってくる。そして。トンネルを抜けた。
少し暗くなった外が迎えてくれていた。トンネルを抜けた時思わず足を止める。視界の先には、新たな都市が広がっていた。
「……ここが、サステルか」
思わず小さく呟く。だが、そこに広がっていた光景は、これまで見てきた完全な廃都市とは明らかに違っていた。
都市そのものは、確かに崩壊している。数年前のあの頃の都市の栄華は見えない。
高層ビルの多くは外壁が崩れ、窓ガラスも失われている。上層部が途中で崩れ落ち、骨組みだけになっている建造物も少なくない。山岳地帯特有の強風に長年晒されていたのだろう。外壁には風化の跡が色濃く残っていた。
だが――完全には死んでいない。
道路の一部は瓦礫が取り除かれ、最低限通行できるよう整備されていた。中央分離帯にはラインがマークされなおしていて、崩れかけた箇所は簡易的に補修されている。
それだけじゃない。遠くの建物には、微かに明かりが見えた。夕日の耀きではないそれは人工照明だった。
弱々しくはあるが、確かに電力が生きている光だった。さらに目を凝らす。道路の先で小さく動く影を見つけた。
数人ほどの集団が、荷物を運ぶようにして道路を横切っている。全員が何かを警戒するように周囲を見ながら移動していた。
その姿を見た瞬間、これまでの都市との決定的な違いを理解した。ここには、今がある。風だけが吹いていた廃都市とは違う。ここでは、まだ人間が生活している。
「……本当に生き残ってたのか」
その言葉は、半分独り言だった。Alphaが静かに応答する。
「視界内に複数の熱源反応を確認。都市機能の一部が現在も維持されている可能性が高いです」
山の方から風が吹き抜ける。その風に混じって、微かに金属が回転するような低い駆動音が聞こえる。視線を上げ、その音の正体を確認した。
山岳地帯の上部――巨大な風力発電機群が、今もゆっくりと回り続けていた。崩壊した世界の中で。この都市だけは、首の皮が一枚つながった状態でまだ辛うじて呼吸を続けていた。




