高速道路-A12:サステル
速度は、今もゆっくりだが加速し続けている。まだ、一時間も経っていないのに、視界の先は白くなっていっていた。
「もうそろそろ出口か?」
「残り約2キロ、到達時間は推定30秒と推定できます。減速プロセスを開始しましょうか?」
「完全に切る必要はないが、自立制御が可能な速度まで落としてくれ」
「了解しました。減速プロセスを開始します」
その瞬間、足元の推進力がわずかに変化する。少しばかり加速の勢いが弱くなった。そして、ついには速度は減速へと動き出した。足を地面につけるたびに強く前へ押し出される感覚が、次第に無くなっていく。
だが――その速度が完全に落ち切ることは無い。その速度はコントロールしやすい速度域で固定される。
「速度安定化完了しました…」
Alphaの声が、わずかに近くなる。視界の白さはさらに強くなっていた。トンネルの終わりは、もうすぐそこだ。空気、湿度、圧力と言ったすべての要素すべてが出口の存在を知らせている。
「もう出口か?」
「あと500メートル。到達時間は約5秒と推定できます」
500メートルという距離でも今の速度では一瞬だった。トンネルの照明の数が増えてきて明るさに目が慣れてくる。
次の瞬間、視界が一気に開けた。トンネル内部とは違う圧倒的な光量が視界に入ってくる。トンネルの暗闇は一瞬で消え去り世界が切り替わったように感じた。
山岳地帯の冷たい冷気が、全身を殴るように吹き込んできていた。背後から、Alphaの声が聞こえた。
「800メートル先の道路が崩落しているのを検知しました」
そう言われ俺は注意深く先を見た。すると視界の端であるはずの道路が途切れていた。
「……崩落してるのか」
トンネル出口直後の車線が、途中でごっそりと崩れていた。アスファルトは剥がれ落ち、下は深い空洞へと消えている。だが、走る速度はまだ死んでいない。
「前方、通行不能区間に対しての回避ルートは二つです」
Alphaの声が即座に響く。視界にホログラムが重なる。
『反対車線へのジャンプ(推定飛距離:4.2m)』
『崩落区間をそのまま突破(推定飛距離:18〜22m)』
選択肢はたったの二つ。この陸橋の上で取れる選択肢はこれしかなかった。だが、ゆっくりと吟味している時間はない。
俺は一瞬だけ視線を上げる。崩落の向こう側。その先には、まだ続く道路が見えている。
「……Alpha、減速はしない。そのまま行く」
「前方への飛び移りの成功確率は約80%です。それでもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「了解。姿勢制御、加速を最大出力に移行します」
同時に、視界に警告表示が走る。
『横方向急制動:危険域』
反対車線へ飛び移るという選択肢が、一瞬だけ浮かんだがこの警告表示のせいもあってか、すぐに考えは消えた。そして体も飛び移るのは無謀だと理解していた。この速度域での急旋回は、脚ではなく身体そのものが耐えない。
下手すれば体が文字通りねじ切れてしまう。だから、選べる選択肢は最初から一つだけだった。
――このまま加速し、崩落を飛び越える…
アシストシューズはスパークを上げながら加速していく。トンネルを抜けていた時より強い加速感が体を包み込む。そして、視界の端に橋の先を捉えた。
そこから先は、完全に崩落していて深い谷底へと続いていた。一歩たりともミスは許されない。
「……今だ」
そう言うと同時に力強く踏み込む。アシストシューズの力もあってか、人が到底出せない力で地面を踏んだ。力が強すぎたのか、それとも老朽化が進んでいたのか、足元が突如として崩れ始めた。
アスファルトが支えを失い、鉄筋コンクリートの支柱が先の見えない深い谷底へと落ち始めているのが見えた。足元が崩れていく感触が遅れて伝わる。端には容赦なくヒビが入っていき、順に崩壊していっているのが視界に映る。だがもう既に遅い。身体はすでに前へ出ていて、この状態から元に戻ることは到底困難に思えた。
「アシストシューズ:出力最大。補助制御を臨界まで引き上げます」
Alphaの声と同時に、靴底の機構が弾けるように作動した。俺は力強く押し出された。その強さはもはや跳ぶという言葉で表現できない勢いだった。言葉で表すとしたら『撃ち出される』だろうか。
崩落する地面そのものを飛び上がる反動に変え、身体が空へ放り出される。あまりにもの勢いで飛び出したせいか重力が消えたような感覚を感じた。そして視界には崩落した先の道路が見えた。この距離なら確実に届く。だが、着地はそう甘くない。
着地地点が視界に入った瞬間、Alphaの制御は一段階、いや二段階ほど下がった。そして次の瞬間には、逃げ場のない衝撃が全身を容赦なく打ち付ける。
受け身を取る余地などなかった。空中での姿勢制御は無理に等しく、落下速度はローリングでいなせる程度の甘い落下ではない。飽和した衝撃が姿勢制御を無視し、骨と筋肉を軋ませながら体の奥へと突き抜けていく。着地したというより激突したという方があっているとまで思ったほどだ。
一本や二本どこかの骨が折れていてもおかしくはない――そんな確信だけが冷静に浮かぶ。しかし痛覚は遅れているのか、それともアドレナリンがすべてを押し流しているのか、はっきりとした痛みはまだ来ていなかった。
すべての衝撃を受け切ったあと、ようやく世界の速度が元に戻り始めた。遅れていた時間が一気に追いつくように、音と重さと現実が戻ってくる。俺は荒い呼吸と共に立ち上がる。今ここで止まってしまったら動けなくなるという確かな感触が俺を後押しした。
背後では、先ほど踏み切った道路が、まるで時間の影響から切り離されたかのように端からゆっくりと崩れ落ちていた。




