オルタビア:管理センター:アクセスポイント
「……っ」
次の瞬間、それは痛みに変わる。思考の速度と、流れ込む情報量が釣り合っていなかった。
「……処理の負荷か…」
「現在、神経接続レベルでの情報同期が行われています。脳への直接的な処理負荷が発生しています」
「説明されなくても分かってる……!」
歯を食いしばる。だが、一度始まった認証が止まることは無い。進行度は、確実に上昇していく。
80%――90%――
視界が歪む。遠近感が狂い、空間の奥行きが曖昧になる。やがて立っている感覚すら不確かになっていった。
そして――認証完了まであとわずかのその瞬間、鋭い痛みが、頭を貫いた。
「――ッ!!」
まるで細い針を何本も同時に打ち込まれたような、突発的な激痛。思考が一瞬、途切れる。シナプスの一つ一つが焼けていくような…感覚が頭を巡った。あまりにもの痛みに耐え切れず、俺の足は力を無くした。膝から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
呼吸が乱れる。視界がぼやけてくる。だが――それと同時に。
『認証プロセスが終了しました』
『データベースへのアクセスを許可します』
無機質な表示が、淡々と浮かび上がる。
「……はっ……」
荒い呼吸のまま、顔を上げる。その瞬間――視界が、埋め尽くされた。
それはすべてログだった。この都市の、あらゆる記録。文字列、時刻、識別タグ、そしてエラーコードまで、それらが一斉に展開される。
そして濁流のように流れ込む。止まらない。選ぶ暇も、整理する余裕もない。ただ情報だけが、脳内を駆け抜けていく。
『オルタビア管理ログ』
『13:25 電力網の遮断を確認。原因を究明中』
『13:40 外部からの攻撃により電源施設が停止した可能性。非常用電力稼働シーケンスを起動』
『23:21 燃料の新規供給が不可能と判断しました。不要なシステムをシャットダウンします…プロセス完了』
『02:34 非常用発電機の停止を確認。情報棟の電力及びシステムを除き全システムのロックを開始』
『03:05……』
ログは――そこで完全に途絶えていた。そこから先には一言も記録されていない空白だけがあった。連続していたはずの記録は、ある日を境に、まるで切り落とされたかのように記録は止まっていた。データにノイズも、エラーも、更に最終報告すらない。その不自然な沈黙が、この都市の最期を静かに物語っていた。
「今もログが記録され続けていると思っていましたが……既に途絶えていたようですね」
Alphaが静かに分析する。
「敵国からの攻撃により、電力網が遮断されたことにより都市への供給電力が不足し、そのまま都市機能の崩壊へと至った可能性が高いです」
淡々とした口調。そこに感情は一切含まれていない。ただその場にある事実だけを、順序立てて並べているだけだった。
だが――
「……本当に、それだけだったのか?」
俺は小さく呟く。自分でも何故そう思ってしまったか理由は分からない。だが、この途切れ方はどこか引っかかるところがあった。自然な停止ではない。この施設は未だに維持されているのに情報の記録だけが止まっていた。
「現時点では、それ以上の裏付けは確認できません」
Alphaは即座に答える。それ以上の追及は無意味だと思い、俺はゆっくりと息を吐いた。
「……この都市も、これでもう死んだ都市か」
言葉にすると、その言葉に実感を持った。ここにあったはずの人の気配。流れていた時間。こと場所で積み重ねられてきた情報。それらはもう途絶え、その続きは無い。
ただ過去の栄光を示す記録だけが静かに残り――その記録さえ、今では途中で断ち切られている。
「とりあえず、この都市で取れる物資だけ回収して次の都市へ向かう」
「了解しました」
長く留まる理由はもうない。ここで得るべき情報は、ひと通り確認した。そして核融合炉の状態も確認した。この都市を再起させれるかもしれない唯一の可能性であり最後の希望だったそれも、現実的ではなかった。
内部パラメータはすべて最低値に張り付いている。起動に必要な最低値には、まったくと言っていいほど届いていない。
仮に再起動に必要な部品が揃っていたとしても――
「……無理だな」
今の電力量では、再起動のために必要な電力すら供給できない。下手をすれば個々の情報をすべて消去してしまう恐れさえもあった。
この都市を今『蘇らせる』ことはできない。ならば取れる選択肢は一つ。生きて、ここを抜けること。そして――次へ進むこと。
この都市の再起動はあれが終わった後に、いずれまた戻って行えばいい。MRLの起動さえできれば、ここの復旧に必要な電力量はすぐに用意できる。
だから今は、その時じゃない。この都市へもう一度訪れるのは、すべてが終わった後だ。そのためにひとまずはここを生きて、脱出するだけだ。
Alphaによれば、この管理センターのフロア1からフロア4まではかつて都市の物流を担っていた倉庫区画があるらしい。
「このセンターは本当に何でもあるな」
「この管理センターは都市のすべてを担っていた場所でありました。都市の中心という好立地に位置していたため、物流、電力、そして交通までがすべて集約されています。フロア2,400には、スカイドックも複数あります」
ナビゲーションに従い、俺たちは下層へと向かっていく。階層を降りるたびに、辺りの景色は変わっていった。サーバーなどの高度な電子機器は消え、生産機などの工業機器が増えてきた。
それでも依然として、通路や照明は変わらず同じだった。あまり変化のない景色の中を、ただひたすら進み続ける。どれだけ歩いたのか、どれだけ降りたのか。時間の感覚は、いつの間にか曖昧になっていた。
そして――下層に降りている途中で、Alphaに日没したことを知らせられた。
「……今日はここまでだな」
そう言い、歩く足を止めた。
「周辺をスキャンします。安全な休息ポイントを検索中……」
Alphaの声が静かに響く。数秒の沈黙の後――
「この先に仮眠室がありました。構造の損傷も少なく、環境も安定しています」
「……そんな場所が残ってるのか」
半信半疑のまま、案内に従って進む。表示されたルートをたどった先にあったスライド式のドアを開けた瞬間――
空気が変わった。ほこりの匂いがあまりない。温度も、わずかにだが安定している。中に入って辺りを見回した。そこは、小規模な仮眠室だった。
壁際に固定された数個のベッド。簡素な照明。最低限の設備だけが残された、機能的で効率的な空間。
「……」
思わず、言葉が出なかった。ここまでずっと、瓦礫かコンクリートの床しかなかった。横になる場所すら、まともにはなかった。
「データサーバーを除き付近に生体反応や熱源反応はありません。ここで安全に休息をとることは可能です」
「ああ……ここにする」
荷物を下ろし、ベッドに腰をかける。どこまでも沈んでいってしまうかと思ってしまうほど柔らかい。数年前まで当たり前だったそれだけのことが、異様に感じられた。ゆっくりと横になる。背中に伝わる感触が、これまでとはまるで違う。
「……数年ぶりか……」
思わず息が漏れる。壁にもたれかかるようにして眠るのが当たり前だった。いつ来るか分からない敵に警戒しながらの睡眠はあまり疲れをとらせてくれない。だが、今日だけは付近を気にせず眠れるのだ。
常に緊張感を保ち続けていたからだろうか。俺の意識はベットの底へすぐに落ちていった。




