第1話―⑦ たった一人、死後時間が違う
「これは……僕じゃなく、同席していた安元先生が最初に言い出したことですが……」
亀井は、慎重に言葉を選びながら続けた。
「一人だけ、死後硬直の具合がおかしい遺体があったんです」
桜井は、身じろぎもせず耳を傾けた。「……どう違ったんですか?」 「他の方は、死後およそ六時間前後。でも、その方だけは……どう見ても15時間は経過している状態でした」
桜井の鼓動が、一気に跳ね上がる。
「検死開始は、事故発生から約5時間後。なら――“死後6時間前後”という判断は妥当です」
言葉を切り、静かに続けた。「……でも、一人だけ十五時間?」
「ええ。確信、とまでは言えません。ただ、少なくとも僕と安元先生には、そう見えました」
桜井は、手元のビールを一気に飲み干した。
頭の中で、これまでの断片が一気につながる。
――毛布。数珠。そして、死んだ時刻が違う遺体。
もし――自分の推理が正しければ。その“たった一人”は、最初から決まっている。
「……その方の名前を、教えてください」
亀井は、検死報告書のコピーをめくり、ある一行で指を止めた。「いました」短く言ってから、
はっきりと告げる。
「菅野 修二。65歳。この方です」
店の中が、一瞬、無音になった。
桜井は、ゆっくりと息を吐いた。
――やはり。この特別便で起きたことは、機内だけの出来事ではない。
もっと前から、もっと静かに、“始まっていた計画”だった。
―――――――――――――――― 次回予告―――――――――――
なぜ、たった一人だけが、早く死んでいたのか。
それは「機内で起きた事件」ではなく、出発前から仕組まれていた死を意味していた。
捜査は“地上で始まった異変”へと踏み込む。
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