第1話―⑥ 「毛布」と「数珠」
「ひとつは……」 亀井は、グラスを見つめたまま言った。
「老人ホーム関係者のなかで――“なごみ”と“櫻”の方々、特に女性の方全員が
下半身に毛布を巻いていたんです」
桜井は、思わず聞き返した。「毛布……機内備え付けの、ですか?」
「ええ。他の乗客には、見られませんでした」
桜井は女将にビールを追加で頼み、手帳に挟んでいた検死所見のコピーを広げた。
「でも……どうして、老人ホームの方だと?」
「皆さん、胸元に“橘”や“櫻”の名札をつけていましたから」 淡々とした説明だった。
だが――その“全員”という言葉が、桜井の胸に重く残った。
亀井は、一度言葉を切り、小さく息を吸った。
「それと……もうひとつあります」
桜井の鼓動が、わずかに速くなる。
「五人ほどのご婦人が、数珠を手にしていたんです」
「数珠……?」
「アクセサリーじゃありません。葬式で使う、あの本物の数珠です」
機内で亡くなった人間が、数珠を手にしたまま死んでいる――。
それは、“偶然”で説明できる光景ではなかった。
寒さに備えた毛布。祈るための数珠。
まるで――死を覚悟していたかのような所作。
桜井の胸の中で、これまで散らばっていた疑念のピースが、静かに噛み合い始めていた。
亀井は、視線を上げずに続けた。「……だから、これはあくまで“感覚”ですが」
そう前置きしてから、低い声で言った。 「皆さん、“何かが起きることを知っていた”ように見えたんです」
しばし、沈黙。
店の外では、いつもと変わらない新橋の夜が流れている。
だが、この小さな小上がり座敷の中だけ、時間が止まっていた。
――――――――――― 次回予告―――――――――――
そして、亀井は最後に決定的な“異常”を口にする。
それは――「この中に、明らかに“死んだ時刻が違う”遺体がありました」
捜査は、ついに“時間”という核心へ踏み込む。
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