第5話 青酸ガスの記憶
青酸ガス――その名を聞いただけで、宇野の脳裏には、あの時代の光景が鮮明によみがえる。
731部隊に配属された当初、宇野は主計部で経理を担当していた。
数字。帳簿。補給と配分。それが、彼の仕事だった。
しかし――ある出来事をきっかけに、宇野は軍医の補助として“ある作業”に関わることになる。
それは、机上の知識ではなかった。理論でも統計でもない。
人の命が、どのように奪われるのかを、否応なく体で覚えさせられる日々。
密閉された空間。刺すような臭気。苦悶に歪む表情。
研究室。監視。囚人たちの最期。
一度見てしまったものは、二度と消えない。
やがて宇野は、101部隊へと回された。
だが、あの記憶だけは、どこへ行っても追いかけてきた。
「忘れたくても、 忘れられるものじゃない……」
宇野は、誰に聞かせるでもなく、心の中でそう呟いた。
青酸ガスは、彼にとって“知識”ではない。それは――記憶そのものだった。
そして今。その記憶が、再び、現実と結びつこうとしている。
―――――――――――次回予告――――――――――――
復讐は、「記憶」から「計画」へと姿を変える。
宇野は“使えるもの”と“使ってはならないもの”を峻別し始める。
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