第3話 九州から戻った宇野の沈黙
東京へ戻ってからの宇野は、ふとした瞬間に、鋭い眼差しで考え込むことが増えていた。
妻の早苗が声をかけても、返事が返ってこないことがある。
この1年半――奥野工業の整理と清算に追われ、心身ともに擦り切れてきた。
その反動なのだろう…早苗は、そう自分に言い聞かせていた。
幸い、今の住まいは、奥野が生前、「せめて、住むところだけは心配のないように」
そう言って、用意してくれていた家だった。当面、宇野が働かなくとも、生活に困ることはない。
千鶴が大学へ進学できる程度の蓄えもあり、早苗自身も、近くの病院で看護師として働いている。
だが――どうしても、気にかかることがひとつあった。
宇野は、毎年欠かさず、静岡の畑中家の墓参りを続けてきた。
帰宅後はいつも、順子や清の近況を、楽しそうに語ってくれた。
ところが――ここ1年ほど、宇野は、ときおり九州方面へ出かけているらしいのに、その話を
ほとんどしなくなっていた。
九州から戻ったあとの宇野は、言葉少なで、何かに取り憑かれたような表情で、
考え込んでいることが多い。
早苗は、問いただすことができなかった。
――夫の沈黙は、過去からの呼び声なのだと、どこかで感じていたからだ。
その沈黙を破ったのは、テレビのニュースだった。
封じられた過去が、再び、現在へと繋がり始める。
ニュース---「軍服姿の白骨」
ある日の夕食時。
テレビのニュースが、九州を襲った集中豪雨による山崩れの現場を映し出した。
古舘村の山中で崖崩れが発生し、その土砂の中から――旧日本陸軍の軍服姿の 白骨死体が見つかったという。
その瞬間だった。画面を見つめる宇野の表情が、はっきりと変わった。
箸を止めたまま、息を殺すようにそのニュース映像を凝視している。
異変に気づいた早苗が、そっと声をかけた。「……昔の知り合いか何か?」 宇野は答えなかった。
続報が流れる。その白骨死体は――杉山栄一 元陸軍上等兵と判明したという。
ビルマ戦線で行方不明となり、戦死扱いされていた人物だった。
ワイドショーは一斉に飛びついた。「ビルマ戦没兵士が、なぜ九州の山中で見つかったのか?」
テレビ局が入手した写真は、十二歳当時のもので、それが本当に同一人物なのか、
素人目には判断のつかない代物だった。
やがて、地元K大学法医学教室と県警鑑識の調査結果が公表される。
死亡推定時期は――1940年前後。
死因は、後頭部を鈍器で殴打されたうえ、心臓付近を刃物で一突き。明らかな他殺だった。
マスコミが厚生省に軍歴を問い合わせても、返ってきたのは、いつもと同じ定型文。
「1940年6月頃、ビルマ戦線で行方不明。その後復帰せず、戦死とみなされた」
当時、遺族のもとに送られたのは、乾いた一枚の葉だけが入った木箱だったという。
この“謎の死”は、しばらく世間を騒がせた。
そして――宇野は、その報道を一度たりとも見逃さなかった。
画面に映る、山。崩落現場。白骨…すべてが、彼の記憶と重なっていく。
――――――――――― 次回予告――――――――――
その白骨は、偶然ではなかった。
沈められたはずの過去が、「死」という形で、再び浮上する。
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