第5話 「6:4」の好条件と、天野真 ――宇野が凍りついた瞬間―――
東和電機産業の応接室には、航空部門本部長、設計部長、経理部長、総務部長らがずらりと並んでいた。
池内専務はにこやかに言う。「お話は帝都銀行の中山頭取から聞いております」
東和側は、奥野工業の経営計画書や担保状況を分析済みで、PW社でのテスト結果まで把握している様子だった。
30分ほど質疑応答が続いた後、池内専務が条件を提示する。
① 受注形態は業務提携による「合同受注」。PW社との交渉窓口は東和系列商社。
② チタン合金は奥野工業の技術を全面採用。最終製品化は東和の松戸工場。
③ 設計3名、鋳造職人5名、製造20名を東和航空部門および松戸工場へ出向。
④ 利益配分は東和「6」、奥野工業「4」。
⑤ 契約は3年ごとに見直し、問題なければ自動更新。
奥野は席を立つとき、1週間後に回答すると約束した。
だが内心では、ほぼ決めていた。
夢のPW受注が現実になる。しかも莫大な借金を背負わずに済む。
条件は“破格の好条件”にさえ思えた。
翌日、奥野は帝都銀行の森山を訪ね報告する。
森山は満面の笑みで握手を求めた。
「願ってもない話ですよ。これで御社も一流企業の仲間入りです」
さらに翌日、奥野は幹部会議を開いた。
懸念は、出向により自社の生産能力が一時的に半減すること。
だが宇野は試算表を示しながら説明した。
「確かに生産量は半分に落ちます。しかし1年後にはPW案件の利益が本格的に入り、毎年3割以上のペースで利益が積み上がる
見込みです。
当初は50億近い借入が必要でしたが、東和との提携でその必要はなくなる。
経営基盤は安定するはずです」
その夜、奥野は上機嫌で「前祝い」を開いた。
しかし宇野の胸には、不安が消えなかった。
“6:4”は東和に不利すぎる。
特許技術の要を握る設計・鋳造のベテランまで出向させる危うさ。
そして、銀行があまりにもすんなり東和へ導いたこと――。
やがてPW社への回答期限が迫ったある日。
東和本社で正式契約が締結された。社長・天野は欠席し、副社長と専務が出席した。
契約書に実印が押される。
そこに記された代表者名――
「東和電機産業株式会社 代表取締役社長 天野真」
その瞬間、宇野は思わず声を漏らした。
「えっ……」
戦時中。731部隊から古舘村の101部隊に回され、自分と畑中を抹殺しようとした――あの陸軍中尉・天野真。
その名が、いま目の前の契約書にある。
副社長が何気なく言った。
「創業者でもある天野社長は、戦時中は満洲の部隊におられ、その後、終戦の頃には九州のどこかの部隊にいたと
昔聞いたことがあります」
やはり間違いない――。
宇野は確信した。
101部隊にいた“あの天野真”が、東和電機産業の創業者であり、現在の社長なのだと。
―――――――――――― 次回予告――――――――――――
契約は結ばれた。だが、それは“夢の実現”ではなかった。
宇野の胸に蘇ったのは、あの村、あの地下施設、
そして抹殺命令――再び「天野真」が動き始める。
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