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青い霧  作者: 田中元一


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第3話 PW社からの「夢のオファー」

1975年。

奥野工業は、航空自衛隊・百里基地に配備された米国マクダネル社製

ファントム偵察機14機に対し、エンジン部品やシャフト支柱を

防衛施設庁経由で納入する、堅実で、信頼される企業へと成長していた。


その翌年。

思いもよらない話が、奥野工業に舞い込む。民間航空機用エンジンで世界最大手とされる

PW社(プラット&ホイットニー)から、エンジン・ファン。そして、3メートルを超える

シャフト製造について検討してほしいという打診が届いたのだ。


世界のジェットエンジン市場は、GE・PW・RR――この三社が、ほぼ独占している。

そのPW社が、数ある大企業ではなく、奥野工業の高強度チタン合金技術に

関心を示した。それ自体が、夢のような話だった。


PW社の担当者は、こう説明した。

ジャンボ機B-747の登場以降、航空業界は「大量輸送の時代」へ入った。

だが――オイルショックを経て、状況は一変する。


求められたのは、軽量化と燃費性能の向上。

炭素繊維、軽量合金。その流れの中で、主翼支柱部品を納入していた奥野工業に、

今度は桁違いの規模の話が持ち込まれたのである。


エンジン・ファン製造の候補企業は、ICH社、帝国鋼、東和電機産業、大岩鉄鋼

そして、奥野工業の計5社。


その中で、最も規模の小さい奥野工業にPW社が強い関心を示している。

そう聞いたとき、奥野の胸は、大きく高鳴った。


立ちはだかる「50億の壁」

正式な仕様書が届いた。

奥野工業は、ついに試作品開発へと突入する。

求められたのは、「より高強度で、より軽いエンジン・ファン」

設計者3人。鋳造職人5人。埼玉工場から選抜された5人。

土日返上――総力戦が始まった。


筑波大学。東京工業大学の研究室を訪ね、専門家の知恵を借りる日々。

最大の難関は高圧コンプレッサーとファンの同調性だった。

PW社技術者とのやり取りは、すべて英文。


細部に及ぶ技術的な交渉で、宇野の語学力は、欠かせない武器となった。


4か月後。試作品・第1号が完成する。しかし――耐熱性に課題あり。

そこからの100日間。工場は、まるで高温地獄と化した。


そして、ついに試作品・第2号が完成する。


1976年・秋。米国での最終テスト。

緊張の日々を経て――1977年4月。PW社から1本の連絡が届いた。


「最終候補は東和電機産業と、奥野工業」

胸が高鳴った。だが――続く条件が奥野を深く悩ませる。


毎月20基の安定供給。現体制では、不可能だった。

新工場。大規模な設備投資。人員の増強。必要資金――50億円。


宇野は、7年計画の経営計画書を作成する。

奥野と共に、帝都銀行本店へ向かった。

評価は高い。将来性も認められた。だが――最後に突きつけられたのは、

「担保の壁」だった。

本店を出た夜。2人は、小料理屋で酒を酌み交わした。

不足するもの。足りない資金。

言葉少なに、ただ静かに――その現実を見つめていた。


―――――――――― 次回予告――――――――

世界への扉は、あと一歩のところまで開いている。

だが――

その一歩は、あまりにも重かった。

物語はいよいよ、最大の岐路を迎えます。

――――――――――――――――――――――――


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