■ 奥野工業株式会社 ■ 第1話 鍛冶屋から、戦後インフラを支える企業へ
奥野鋳物の原点は、祖父の代に始まった、小さな鍛冶屋だった。
創業当初は、農作業用の鋤や鎌といった農具づくりが中心。
父の代になると、鍋や鉄瓶、赤い郵便ポストなど、人々の暮らしを支える
日用品も手がけるようになっていった。
だが――太平洋戦争が始まると状況は一変する。
鉄の供給は軍需が最優先となり、民間向け製品は次々と制限。
奥野鋳物も、一時は休業状態にまで追い込まれた。
戦時中、工場を継いだ奥野は、中島航空機での勤務経験を買われ、戦闘機の脚部や、
エンジン部品といった軍需品の製造を請け負うようになる。
だが、終戦と同時に――その注文は、ぴたりと途絶えた。再び、先の見えない日々。
しかし、戦後日本は、別の形で奥野鋳物を必要としていた。
昭和21年。
GHQは、焼け野原となった東京を皮切りに、主要都市での伝染病蔓延を防ぐため、上下水道の復旧を強く推奨した。
上下水道管。マンホール。蛇口。インフラ関連の鋳物に、一気に需要が集中する。
復員してきた3人の職人、新たに雇った4人、計7人で昼夜を問わず鋳物製造に励み、奥野鋳物は、ようやく
安定した業績を上げられるようになっていった。
ちょうどその頃――幼馴染の斎藤が復員し、奥野と再会する。
経理と英語に明るかった斎藤は、奥野鋳物工場で働くことになり、GHQ占領下で不足していた
鋳物材料を、英語の仕様書を読み解きながら確保するという、重要な役割を担った。
帳簿整理。銀行との折衝。それらを一手に引き受け、斎藤は、奥野にとって
片腕とも言うべき存在となっていく。
――――――――― 次回―――――――――――
だが――復興の波に乗り始めた日本経済は、再び、
大きな試練に直面する。
―――――――――――――――――――――――




