第6話 穏やかな日々
3歳になった千鶴は、透き通るような白い肌に、母譲りの美しい顔立ち。
近所の子どもたちにも人気者で、いつも誰かに手を引かれていた。
その母親たちからも好かれ、「千鶴ちゃんは、おとなしい良い子ね」
と声をかけられることが多かった。
風邪以外の病気もせず、健やかに、まっすぐに育っていた。
夜になると、小さな卓袱台の上に、鉛筆とノートが並ぶ。
早苗は、ぎこちない手つきで文字を書く。宇野は、一文字ずつ、ゆっくりと教える。
「これは、“山”だ」「これは、“川”」早苗は何度も書き直し、千鶴はその横で、無邪気に落書きをする。
宇野家の毎日は――静かで、温かく、そして、穏やかだった。
静岡への墓参と、清の成長
斎藤は、毎年、畑中の命日になると、欠かさず静岡を訪れた。
墓前に静かに手を合わせ、そのあと、順子の変わらぬ元気な姿と、清の成長ぶりを見る。
それが、斎藤にとって何よりの楽しみだった。
清は、勉強もよくできる子だった。小学校。中学校。そして、高校へ。
順調に進学していくその姿を、斎藤は、少し離れた場所から、ずっと見守り続けていた。
入学。卒業。その節目ごとに、宇野清二――かつて斎藤と名乗っていた男は、
ささやかではあるが、まとまった祝い金を欠かさず送り続けた。
それは、「生きてくれ」という、言葉にしない祈りでもあった。
ある年。畑中順子は、斎藤がかつて自分を探し出してくれた経緯、そして奥野夫妻に
どれほど世話になったかを、清に話して聞かせた。
その年の夏。
順子は、小学生になった清の手を引き、奥野家を訪ねた。
「その節は……本当に、ありがとうございました」そう言って、深く頭を下げた。
それがきっかけとなり――小学4年になった夏休み、清は初めて、1人で上京する。
宇野のもとへ。そして、奥野家へ。
東京の夏と、家族のかたち。
血ではなく、約束と記憶で結ばれた“もう一つの家族”。
それ以来、清は、夏休みになると一人で東京へやって来るようになった。 子どものいない奥野夫妻は、
清を我が子のように可愛がり、清もまた、二人に素直になついていった。
宇野の娘・千鶴は、清のことを「清お兄ちゃん」と呼び、一緒に遊び、夏休みの宿題を見てもらい、
兄妹のように過ごした。




