第4話 奥野夫妻の提案
年が明けた、正月のある日。
奥野夫妻は、いつになく慎重な表情で、斎藤に切り出した。
「早苗は、気立てのいい娘だ。 この4月には、子供も生まれる」
一呼吸おいて、奥野は続ける。
「父親のいない子供では、あまりに可哀想だ。 それに…… 早苗は、戦時中に和ちゃんに 助けられた恩を、今も忘れていない」
静江も、静かに言葉を添えた。
「和ちゃんだって、 この先ずっと一人というわけにもいかないでしょう。
10年経って、こうして巡り合ったのは…… “天の計らい”かもしれないわ」
そして、ためらいがちに、だが真っ直ぐに告げた。
「どうだろう…… 早苗ちゃんを、妻にもらってはくれないだろうか」
静江も深く頭を下げる。「私からも、お願いします。 早苗ちゃんは、本当に心優しくて、素直な娘よ」
斎藤の胸に、鋭い痛みが走った。
片肺。不自由な右足。そんな自分に、妻など来るはずがない。
そう、ずっと諦めて生きてきた。それに――元日本兵としての贖罪の念。戦争孤児たちの暗い瞳。
そのすべてが、胸を締め付ける。
だが、このままでは――生まれてくる子供は、「父親のいない朝鮮人の子」として、
生きていかねばならない。
差別。偏見。蔑み。 それを思ったとき、斎藤の中で、答えはすでに決まっていた。
――だが、大きな問題があった。
当時、日本政府は第三国人の「帰還」を強く促しており、婚姻手続きは極めて困難だったのだ。
籍を入れること。家族になること。それは、戦後日本において、想像以上に高い壁だった。
――――――――――――――― 次回予告―――――――――――
「戸籍」という名の、もう一つの戦後。
名前を変えること。過去を封じること。それは、生きるための選択だったのか。
それとも、新たな罪の始まりだったのか。
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