第1話ー⑥生きていた順子と清
全国紙「毎朝新聞」に載せて3日後。
工場に一本の電話がかかってきた。名乗ったのは「横山」という女性だった。
「私は静岡で助産婦をしている者です。神戸に空襲があるということで、静岡の実家に疎開していた畑中順子さんの
男の子を取り上げました。
そのとき、ご主人は飛行機の操縦士として出征中だと聞きました」
斎藤は、息を呑んで尋ねた。
「男の子の名前は、“清”でしょうか?」 「ええ、そうです」
その言葉を聞いた瞬間、斎藤の心臓は大きく脈打った。
「畑中さんとお子さんは、ご無事なのですか?どちらにお住まいなのでしょう?」
「母子ともに元気ですよ。 ところで、あなたは畑中さんと、どういうご関係ですか?」
斎藤は、畑中との経緯をかいつまんで説明した。
横山は続けた。
「畑中さんは、神戸の義父——戦時中に尋常小学校の校長先生をしていた方が、初孫の清ちゃんが生まれた年に、
学校で心臓発作を起こして亡くなられてから、葬式を済ませたのち、ご両親のいる静岡の実家に戻り、
茶園を手伝いながら清ちゃんを育てておられます。
あなたのことを畑中さんに伝え、彼女からあなたに連絡するように言ってみます」
斎藤は、受話器に向かって何度も頭を下げながら言った。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします……」声は、自然と涙混じりになっていた。
4日後。「畑中順子」の名で、丁寧な手紙が届いた。
斎藤は、8歳になったという畑中の息子“清”のために、闇市で手に入れた、男の子が喜びそうなオモチャや
菓子類・文房具、そして何よりも大切に預かり続けてきた畑中少尉の白いマフラーと順子の写真をリュックに詰め、
静岡へ向かった。
彼女を探し始めて、3年目の春のことだった。
それ以来、斎藤は毎年、畑中の命日には静岡を訪ね、墓前で静かに手を合わせ続けるのだった。
――生き残った者として。




