第1話―③ 料亭で交わされた“位置変更” ――――位置変更という一言――――
数日後。筑後川沿いの料亭。
畳の上、向かい合ったのは、古舘村長の津田弘毅と、西村興業社長の西村少佐だった。
酒はまだ出ていない。最初から、空気が硬い。
西村は、単刀直入に切り出した。「ダムの位置を変える」
津田は、箸を取る手を止めた。
西村は続ける。「古舘村から四キロ上流――101部隊跡地が丸ごと沈む場所だ」
津田は息を呑む。言葉が、すぐには出なかった。
西村は、津田の反応など待たずに、指を1本ずつ折りながら条件を示していく。
条件という名の包囲網
「一つ。工事着工は来年秋」
津田の胸が波打つ。“来年秋”――時間はある。だが、逃げ道もない。
「二つ。代わりに――翌5月の県議選で、貴様をトップ当選させる。選挙資金は、すべて俺が出す」
津田の喉が鳴った。村長として積み上げてきたものが、今、別の形に変わろうとしている。
「三つ。県議になった暁には、公共事業を“分かっている形”で回す。
県の要職、ボス県議――その買収も含めてな」
西村は淡々と言う。まるで、戦時中の作戦会議のように。
「四つ。工事が動くたび、西村土木から貴様へ“裏金”が流れる」
沈黙――津田は恐る恐る聞いた。
「……当面の運動費は、どれほど……?」
西村は答えず、カバンを開けた。分厚い札束を、音もなくテーブルに置く。
「当面の分だ」 さらに、もう一束。「足りなければ言え」
津田の目は釘付けになった。公務員の給与に換算すれば、10年分。いや――それ以上。
西村は、低い声で追い打ちをかける。
「県議トップ当選には、この三倍は要るだろう。年末までに、全額用意する。任せておけ」
津田の胸に、疑念が一瞬よぎる。なぜ、ここまでの金が……?
だが、その疑問は、すぐに消えた。
鬼火谷の道路拡張で掴んだ運命の糸が、
今ここで、実を結ぶのだ――
そう解釈した瞬間、津田の中で、最後の躊躇が薄れていく。
次回予告
津田は、ついに“覚悟”を固める。
ダム位置変更、県議トップ当選、そして――101部隊跡地の“永遠の水没”へ。




