■下毛ダムの密約■ 第1話―➀ 1本の電話が、すべてを水底へ沈める
昭和23年12月。
冬の夕暮れが、古舘村の山々を鈍く染めていた。
村長・津田弘毅は、役場の電話機の前に立ち、受話器を握ったまま、しばし逡巡した。
そして意を決するように、ダイヤルを回す。
相手は――かつて第101部隊の副官だった男―――西村少佐。
いまは「西村興業」社長として、戦後の混乱を巧みに泳ぎ切っている人物だ。
「……ご無沙汰しております。古舘村の津田です」
西村は、すぐに名を思い出したようだった。
「おお、津田か。村長殿は、相変わらず元気そうだな」
津田は、まず“表向き”の用件を切り出す。
「実は……古舘村一帯で、灌漑用の下毛ダム建設計画が持ち上がっておりましてな。
もし可能でしたら、工事を、西村さんの義弟さんの西村土木に……」
そして、声を落とす。
「それと、もう一つ。来年2月の熊本県議選に出馬するつもりでして……当面の“運動資金”を、少し前借りできないかと……」
受話器の向こうで、西村が無言になる。 その沈黙に、津田は喉を鳴らした。
西村は、すでに“戦後”を生き抜く術を身につけていた。
101部隊解散後――山曽根中佐、天野少尉らとともに、満洲の731部隊関係者を経由し、
GHQと密かに取引を行った。
生体実験の資料。隠匿していた軍需物資の一部。
それらを差し出す代わりに得たものは、戦犯免責という、何より重い切符だった。
その後、西村は仲間内で隠匿物資を分配し、元憲兵を使って、東京大空襲で登記簿の焼けた
下町の土地を、次々と西村興業名義に書き換えていった。
元の地主には、「見舞金」と「恫喝」と「懐柔」。この3つを巧みに使い分けた。
事業は順調だった。
だが――もし、ソ連や中国、あるいはGHQが、101部隊の“現場”を見つけたら?
その不安だけは、決して消えなかった。
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第1話―② 「証拠」が残っているという恐怖
101部隊の施設は、廃坑を利用したトンネルだった。
入口も、吸排気口も、すべてコンクリートと土砂で封鎖し、外見上は「ただの廃坑跡」になっている。
だが――場所が知られれば終わりだ。
トンネル内には、処分しきれなかった毒ガス弾や、廃棄途中の器材が残っている可能性がある。
村人たちには、津田を通じて口止め料を渡している。
しかし、戦勝国の調査団が来れば――恐怖のあまり、誰かが口を割るかもしれない。
村人全員を始末する?そんなことは現実的ではない。
西村は、ずっとこの問題を抱え続けていた。
「下毛ダム」という言葉が意味を持つ瞬間
受話器越しに、西村は、ふと問いかけた。「……津田。そのダムは、どこに造る予定だ?」
「古舘村の手前、稲富村の下流です」
「ほう……じゃあ、古舘村ごと沈むのか?」
「いえ、そこまで大きくはありません。村は高台ですから、無事です」
その瞬間。西村の脳裏に、稲妻のようにひとつの考えが走った。101部隊の跡地ごと、水没させる。
電話口で、西村の声色が変わる。
「……津田。2、3日のうちに、そちらへ行く」
津田が答える間も与えず、西村は続けた。「下毛ダムの交渉状況。それから、県やダム関係で“影響力を持つ人物”を
洗い出しておけ」
それは、もはや実業家の口調ではなかった。元少佐の命令だった。
――――――――― 次回予告――――――――
数日後――筑後川沿いの料亭。
次回予告
数日後――筑後川沿いの料亭。




