第19話 原爆と「生かされた」命
S島の漁港に戻ると、漁師親子は斎藤を診療所へ運んだ。
その後、斎藤は長崎市内の将校専用陸軍病院で、右肺摘出手術と右足首の治療を受けた。
7月中旬まで入院し、その後、市内から山一つ越えた場所にある負傷兵療養所へ移された。
そして——8月6日、広島。8月9日、長崎――忌まわしい原爆が投下された。
当初の目標は小倉だったが、黒煙により視界が悪く、標的は長崎へ変更されたという。
人口24万の長崎では7万人余りが命を落とした。
斎藤は、山一つ隔てた療養所にいたため、山裾を白く照らす閃光と、やがて立ち上る巨大な
キノコ雲を目にしながらも、被曝を免れ、生き延びた。
墜落事故でも生き残り、原爆からも逃れた。
自分は、確かに「強運」なのだろう。だが、斎藤は思う。
第101部隊の連中は、どうなったのか。あの山奥に連行されていた、中国人や朝鮮人たちは。
そして、李一家の12歳の娘は。
療養所の窓から、かつて第101部隊があった古舘村の方角を、ぼんやりと眺めながら——
斎藤は、あの山中での出来事を、一つひとつ、静かに思い返していた。
―――――――――――――――― 次回予告――――――――――
戦後処理 ― 消された記録、残された罪
第101部隊は、敗戦とともにどうなったのか。
山曽根中佐、西村少佐の行方――そして「誰も裁かれなかった理由」
物語は、戦後という、もう一つの闇へ入っていく。




