第6話 娘を守るための決断
便箋の文字は、やがて、さらに重い話題へと移っていった。
櫻老人ホーム、そして、なごみ老人ホームの皆さんには、事前にすべてを説明し、了解を得ていた。
早苗も、奥野静江も、自分の“共犯”になることを承知のうえで、この計画に加わった。
便箋には、「許してほしい」、「本当に、すまない」という言葉が、何度も、何度も繰り返し
記されていた。
だが――その決意が揺らいだ形跡は、一行たりとも、見当たらなかった。
そして、父の文字は、ついに千鶴自身へと向けられる。
もし、この事実が公表されれば、君は「犯人の娘」として糾弾される。被害者遺族から、
損害賠償や補償を求められる可能性も高い。その重荷を、君に背負わせるわけにはいかない。
だから――すでに4か月前、君を私の戸籍から除籍した。
君は今、「宇野千鶴」ではない。戸籍上の名前は、「李 千鶴」だ。
法的に、君と私は無関係であり、この事件で、君が追及されることはない。
(……だから、あのとき役所で……)
千鶴の胸に、これまで散らばっていた疑問が、静かに一本の線で結ばれていく。
父は、最後まで、「父であること」を捨てなかった。
自分が背負う罪は、すべて自分のものとして抱え込み、娘だけを、この世界に残す。
それが、彼が選んだ、最後の“親としての仕事”だった。
便箋の文字は、ここで、さらに深く沈んでいった。
まだ、自分には果たさねばならない最後の役目が残っている。
101部隊において、捕虜や村人を弄び、君の祖母をも鬼火谷の谷底へ突き落とした男。 元・古舘村村長。現・熊本県公共事業協会理事長――津田弘毅。
この男を、この世から消し去らねばならない。
君がこの手紙を読んでいる頃、私はすでに九州の阿蘇の近くにいるだろう。
今月十三日の夜。鬼火谷の火祭りの日。
その時に津田を抹殺し、その後、私も奥野静江と共に早苗のもとへ旅立つ。
私が犯したすべての犯罪の詳細は、警視庁捜査本部と毎朝新聞社に届くよう、
すでに手配してある。
逃げるつもりはない。誰かに罪をなすりつける気もない。この人生の終わりは、すべて、 自分の責任として引き受ける。
最後の便箋には、驚くほど静かな言葉が並んでいた。
何があっても、桜井真一君と共に、できれば日本から遠く離れた場所で、互いを信じ合い、
支え合いながら生きてほしい。
それが、早苗と私の、心からの願いだ。
この22年間、君が私の娘でいてくれたことに、感謝している。
この手紙を読み終えたら、必ず燃やしなさい。
父より
そこまで読み終えたとき、千鶴は、もう文字を追うことができなかった。
便箋が、指先から、ぽとりとベッドに落ちる。
頬を伝う涙は、止まる気配を見せなかった。
父は、すべてを語り終え、そして――去っていった。
――――――――――――――次回予告―――――――――
父は、本当に“一人”で旅立ったのか。
鬼火谷の火祭りの夜、千鶴が知ることになる「真実の結末」。
物語は、復讐の最終章へ――そして、娘の選択へと進んでいく。
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