第1話―④ 父の罪と覚悟の入口
手紙の後半に入ると、父の筆致は、わずかに変わっていた。
乱れることはない。だが、どこか――硬質で、逃げ道を断つような文字。
自分は、助からなかった人々を裏切った。戦友を巻き添えにし、ただひとり、生き延びた。
それが事実だ。
そして――山曽根康路。西村勝男。天野真。この3人は、何事もなかったかのように戦後を生き、
さらに多くの人々を踏み台にして、権力と富を手にした。
私は、彼らを許すことができなかった。
その一文を読んだ瞬間、千鶴の胸に、微かな震えが走った。
感情をぶつけた言葉ではない。叫びでも、恨み言でもない。
むしろ――感情を徹底的に抑え、理性だけで選び抜かれた言葉。
だからこそ、その静けさが、恐ろしかった。
(……お父さんは、今…… どこにいるの?)はじめて、千鶴の中にそんな疑念が芽生えた。
この手紙は、ただの告白ではない。
これは――父の過去の清算ではなく、未来への決断の前触れではないのか。
便箋の途中で、父の文字は――一行だけ、空白を残していた。
たった一行。けれどその余白に、父の迷いも、誇りも、悔恨も、すべてが押し込められて いるように思えた。
千鶴は、息を詰めるように、その先を読んだ。
自分は、数多くの拉致された捕虜たちを見殺しにした。
止めることができたはずの場面で、沈黙を選び、命令に従い、戦友をも巻き添えにして、死なせかけた。
それでも――生き延びたのは、自分だけだった。
戦後になっても、山曽根、西村、天野の3人は、何事もなかったかのように生き続けた。
善良な人々を欺き、脅し、踏み台にし、ついには――奥野社長を自殺へと追い込み、
会社までも奪い取った。
自分は、この3人を、決して許すことができなかった。
やがて――JNLの特別便に、この3人が揃って搭乗することを知った。
その瞬間、自分の中で、長い葛藤に、終止符が打たれた。迷いではなかった。衝動でもなかった。
彼らを、この世から消し去る。自分の人生を、そのために使う。
それが、生き残った者としての――唯一の償いだと、信じた。
千鶴の手から、便箋が、静かに滑り落ちた。
父は、もう戻れない場所へ足を踏み出していたのだ……
―――――――――――次回予告―――――――――
父は、特別便で何をしたのか。
準備。配置。そして、決断。そのすべてが、感情を交えず、
淡々と語られていく。
物語は、ついに「実行の内側」へ入る。
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