第1話―⑥ 農地解放と「下毛ダム」計画
その頃、捜査本部とは別のルートから、ひとつの奇妙な事実が浮かび上がり始めていた。
昭和20年。終戦直後、日本では連合軍占領政策の一環として「農地解放」が断行された。
大地主の土地を政府が買い上げ、小作人へ分配する。
農業生産性を高める――それが表向きの目的だった。
さらに、小作人が新たに開墾した土地については、所有権を認める制度まで設けられた。
だが、現実には大きな問題が残っていた。
水――灌漑用水の不足。「水さえあれば、すべてが変わる」
もしこの問題を解決できれば、福岡・熊本県境に位置する稲富村・古舘村を含む9つの村は、
農業生産高が8倍に跳ね上がる。
新たな開墾地を含めれば、5年で10倍に達する――そうした試算まで出ていた。
そこで持ち上がったのが、鬼火谷渓谷に有効貯水量1,830万トンの大規模灌漑用ダム建設計画。
のちに「下毛ダム」と呼ばれる施設である。
突然の「予定地変更」
当初の建設予定地は、稲富村上流だった。しかしこの場所には、稲富村の田畑が集中しており、
完成すれば広範囲がダム湖に沈む。
当然、用地買収は難航した。だが交渉開始から3か月でようやく地権者との合意が成立する。
──その直後だった。突如として、建設予定地が変更されたのである。
「稲富村上流」から「古舘村上流・金山の廃坑跡周辺」へ。
さらに不可解なのは、その後だった。
新たに水没予定地となった古舘村側では、本来なら反対が噴出して当然の状況だった。
村共同の水車小屋。先祖代々の田畑。失えば、生活そのものが揺らぐ。
ところが――用地買収は、わずか1か月で決着していた。
老人たちは、村長の説明にあっさり同意し、むしろ戦地から戻った若者たちを説得する側に 回っていたという。あまりにも都合の良すぎる合意。
なぜ予定地は変更されたのか。なぜ反対は起きなかったのか。なぜ金山の廃坑跡だったのか。
このダム計画の裏側に、何が隠されていたのか。
捜査の視線は、ここで、古舘村・金山廃坑へと静かに向けられていった。
―――――――――――― 次回予告―――――――――――――――
古舘村の金山廃坑と「戦時の隠匿物」が結びつく。
下毛ダム計画は、本当に「農民のための公共事業」だったのか。
点は、さらに濃く、不穏な線を描き始める――。
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