第1話―⑤ 国家の中枢に潜んでいた山曽根康路
第1班がまとめた山曽根康路・厚生大臣の戦時経歴は、捜査員たちの想像をはるかに超えていた。
1937年。日中戦争が始まった直後、山曽根は満洲・関東軍科学部、 通称「満洲第516部隊」に配属される。
その1年半後。彼の発案によって、化学兵器専門部隊「特殊自動車第1連隊」が編成された。 連隊長は、山曽根自身。
任務は、化学兵器の研究と――“実地検証”。
夜陰に紛れて中国人の村を襲い、毒ガスを散布。数日後、生き残った重症者を回収し、
「治療」と称して別の薬剤を投与する。
そして――生き延びた者には、埋葬費と見舞金を渡して村へ返した。
毒を撒いた張本人が、「人道的な日本軍」として感謝される。
この悪魔的な構図を考案したのが、山曽根中佐だった。
戦争とともに蓄えられた「闇の財産」
戦時中、日本軍が中国で生産・配備した化学兵器は約80万発。 終戦間際、それらは山中や地下へと隠された。
同時に――関東軍が徴収した金塊、宝石、軍需物資。 山曽根は、憲兵隊の西村勝男少佐、
情報将校の天野真少尉から極秘情報を得て、それらを丸ごと横領する計画を立てる。
実行役として使われたのは、人体実験の拉致にも関わっていた馬賊集団。
用が済むと、彼らは西村の命令で全員が消された。
1945年。熊本の山中に設けられた青酸ガス開発拠点。
その責任者に、再び山曽根が指名される。
彼は、西村、天野、杉山らを伴い、化学兵器と軍需物資、極秘資料を積んで福岡・大刀洗基地へ 移動した。
――このとき築かれた人間関係が、 戦後、政界と財界で再び結び直されていく。
報告を聞き終えた会議室は、言葉を失ったように静まり返った。
特別便で命を落とした山曽根・西村・天野。彼らは、偶然同じ飛行機に乗っていたのではない。 戦時から続く“共犯関係”で結ばれていた3人だった。
斎藤本部長が、低い声で告げる。「この連中の人間関係を洗え。徹底的にだ」
捜査は、ついに “国家の闇そのもの” へと踏み込み始めていた。
―――――――――― 次回予告――――――――――――
西村総業の捜査から西村建設へと捜査をしていた過程で
「下毛ダム」の不可解な点が浮上してきた。
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