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人狼の花嫁〜薄幸の華族令嬢は、嫁ぎ先の飼い犬が政略婚の旦那さまだと気づかない〜  作者: 矢古宇由佳


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第34話 漆黒の神狼

 適当に服を着て伸晃の部屋に殴り込む。

 彼は、未だ布団の中で惰眠を貪っていた。当たり前だ、日が出たばかりの早朝である。

 エーリッヒは彼の襟元を引っ掴む。


「ノブ、起きろ」

「う〜ん?」


 彼は寝乱れてはだけた胸元をぼりぼりかいて、また寝た。エーリッヒは迷わず伸晃の頬を平手打ちした。


「ってぇな何しやがる!」

「アヤが拐われた。先日の狐だ。助けてくれ」


 端的に告げれば伸晃の反応は早かった。「え、え?」と混乱してしばらくあたふたとして「経緯を話せ」と言い放ってばたばたと着替え始めた。エーリッヒがどこから話そうか思案していると、伸晃は荷物を漁って懐に何か詰め込んだ。「それは?」とエーリッヒが問えば、「実家から持ってきた魔除けの札、この前の件があって兄貴に作ってもらった。これがあれば俺も多少役に立てる」と彼は答えた。


 エーリッヒは包み隠さず話すことにした。

 昨日、綾子が来たこと。そして先ほど起こったこと。


「いいんか? 俺、オイレンブルク夫妻の何もかもを把握してる」

「そこに関しては忘れとけ!」

「とりあえず綾子さんの部屋に行こう。何かあるかも」


 エーリッヒと伸晃は綾子の部屋に向かった。特段変わったものはないが、机の上に「エーリッヒさまへ」と書いてある手紙を見つけたのでそれに目を通しながらエーリッヒの部屋へ移動する。


「謝罪文だ。申し訳ない、どうしても大神さまを持って戻らなければならない。自分のことは忘れてほしい。エリックを幸せにしてやってほしいと」


 それから。

 エーリッヒのことを愛しているとも書かれていた。


「綾子さん、エリック大好きだな〜ほんっとうに犬好きなんだなぁ」


 彼らはエーリッヒの部屋で太刀と打刀など武器を手に取る。


「勝算は?」


 伸晃が問いかける。彼は大山家の魔除けの札を懐に忍ばせていたが、エーリッヒが思うに勝てる見込みはかなり低い。

 先日の狐の影とは別に親玉がいるはず。あの影相手にあれだけ手こずったのだ、本丸に乗り込んだら、かなり厳しいを強いられるに違いない。


「勝算はほとんどないな」

「鬼切丸に賭けるしかねぇか」

「先ほどは無理やり起こしたが……無理してついてこなくてもいい」


(ノブを起こすんじゃなかった……)


 あまりにも分が悪い。命の危険もある。

 すると、伸晃は痛いほどエーリッヒの肩を叩いた。


「俺が行かなきゃ、あれが人に化けてたら見分けつかねぇだろ。相手は狐だぜ? 連れてけよ」

「だが……」

「ほら、俺三男だし。独り身だし。俺は商会の代表のエーリッヒがどうにかなったら困り果てる。いいから連れてけ。ダメでもついていく。そもそも俺ら、友達だろ?」

「すまない」

「そこはありがとうだろ?」


 ふたりが覚悟を決めて廊下に通じる扉に足を向けたときだ。

 ()()が扉の前に佇んでいた。


「ひぇぇぇぇ出たぁぁぁ!」


 しがみついてきた伸晃をエーリッヒはうるさそうに突き飛ばした。

 扉の前にいたのは漆黒の狼である。目は凍れる氷河のように青い。


「我を連れて行ってくれ。我が名はシーグルズル。オイレンブルクの祖に連なる者だ。助太刀したい」


 ごくり、とエーリッヒは唾を飲み込んだ。


「俺に憑いてる狼だな? なぜ今朝細工をした。ノブが起きなかったのもそうだ。おかげで俺は声も出せずにアヤを見捨てるような結果になった」

「訳があったんだ。先ほどの狐はとかげの尻尾のようなもの。あれを倒してもどうにもならない。わかってくれエーリッヒ。仔細は移動しながら話そう。我もめざめたばかりゆえ、色々とおぼつかなくてな」

「信用ならんな」

「狐に蝕まれながらも我に長年寄り添ってくれた常和ときわ殿とその巫女を助けたい。狼の牙の守りがあるだろう? あれこそ、常和殿のものだ。葛木家の狼の下顎の牙」


 エーリッヒは懐のお守りに手を当てた。

 エーリッヒの腕を伸晃の肘が軽くこづいて、「この前のそこの床の間に現れた犬っころ状態の時とは力が段違いだ。味方してくれるなら百人力だ」と言った。


「大山の三男、目がいいな。準備ができたなら行くぞ。葛木の屋敷だ。自動車を出せ」


 運転席に乗り込んだのは伸晃だった。彼は自動車の運転ができるのだ。

 エーリッヒは複雑な心境だった。

 先日綾子を救ってくれた時こそ感謝したが、この狼には長年悩まされてきた。

 

「……何から話そうか。まずはエーリッヒ、おぬしに謝りたい。子供時代、本当に不自由な生活をさせてしまった」


 後部座面に座った狼はまず謝罪し、隣りのエーリッヒと運転席の伸晃に生い立ちを語り始めた。


 十世紀ごろ、ドイツよりはるか北方の地で生まれて当時土地神として崇められていたこと。時を司る神として信仰を集め、いつしか短時間ならば人の時間を戻し、未来の断片を朧げながら見ることができるようになったこと。


「未来を……」

「ああ、夢に見たのではないか? 嫁御の姿を」


 エーリッヒは繰り返し見た夢を思い出した。「エーリッヒさま、お待ちしています。必ず戻ってきてください」綾子はいつもそう言っていた。


「あれが……」


 あれは未来なのか。自分が綾子のそばを離れる? あるわけもない。だって、この国で暮らすと決めているのだから。


 誰かに嵌められてお縄にでもなるのか、自分は。今のところ後ろ暗いことをした記憶はない。

 もしや……。ドイツと日本が開戦、ドイツに強制送還か。あるいは捕虜として収容されるか。最悪の事態が頭を駆け巡る。


(いや、日本は敵国の捕虜を比較的丁重に扱う国だ……)


 日露戦争でのロシア人捕虜を手厚く扱った日本は国際的にも称賛を受けていた。戦場で捕虜にした兵士ならばともかく、品行方正に自国で暮らす人間を収容するとは到底思えない。

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