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Episode36 ENDING.


 あの日、人類は機械ら(マキナ)の手から解放された。


 たったひとりの英雄(じょせい)によって――。




 その日は快晴だった。

 人類が機械ら(マキナ)の手から解放されて3年が過ぎた、あくる日のことだった。

 3年前まで彼らの管理下に置かれていた人類はたった数百しかおらず、かつて栄華を極めていたとは思えないほどの規模にまで縮小していた。

 人類の歴史を再出発させた彼らは細々とではあるが、ゆっくり、だが着実に前へ進んでいた。


 その全てが明るかったわけではない。

 最初期は夢から目覚めさせられた人たちからの反感も多かった。

 それでも真実を知った人々は、やがて現実を受け入れてそれぞれの道へ歩んでいった。


 「――ふぎゅ、ぅぁああああん!」


 晴天の下、赤子の泣き声が村に響き渡った。

 黒髪の愛らしい赤子を抱えた体格のいい男があたふたして、抱いた赤子をゆらゆらとあやした。


「おーおー、よしよし……。泣くな泣くな、ミヒェル」


 男がしばらくあやすと、ミヒェルと呼ばれた赤子はぐずつきながらも泣きやみはじめた。


「……ったく、自分のガキほったらかしてなにやってんだか……」


 男はふてくされたように呟いた。

 そこへ丁度仕事を終わらせてきた男の顔なじみがふらりと立ち寄った。


「よお、アンドレ。今日も英雄様のガキのお()りか?」

「仕事終わりか、フェデリ」

「まあね」


 フェデリと呼ばれた男は人懐っこい顔でにっと笑った。


「毎日毎日、精が出るこった」

「はいはい。そっちこそ毎日赤ん坊のお守りご苦労さん」

「毎日じゃねーよ。……週に1回だ」


 男は心底嫌そうに眉根を寄せた。

 なぜなら男は子どもが嫌いだからだ。その上、この子は自分の子ではない。


「ふぅん。そうなんだ。……まあでも、どこも人手が足りない状況だし、致し方ないんじゃない?」

「それはそうかもしれねぇけどよぉ……。自分のガキじゃねぇってのに……」


 アンドレは腕の中に抱いた赤子を嫌悪するような、それでいて憐れむような表情で見つめた。

 

「……仕方ないよ、アンドレ。機械ら(マキナ)の管理下に置かれていた俺たちは人口調整のために無意識のうちに交配させられていたんだから」


 フェデリの言葉にアンドレは奥歯を噛み締めた。

 誰の子とも分からずに身ごもり、産む。

 機械ら(マキナ)はただ人類の人口を調整するために、女性にそれを施していた。


「……へっ、俺たちゃ実験動物(モルモット)かよ」

「彼らにとってはそうだったんだろうさ。……それで? 肝心の英雄さんはいつものところ?」


 話題を切り替えたフェデリにアンドレは頷いた。

 

「ああ、たぶんな。……いつもの塔だと思うぜ」

「そっか。……例の塔に関して、彼女と話をしなければならないところだったんだけど」

「へぇ、一体どんな話だってんだ?」


 アンドレが興味ありげにフェデリへ尋ねた。

 フェデリはうん、と頷いた後、視線をその先――かつて人類が機械ら(マキナ)の管理下にあった建物の方角へと向ける。


「――人類解放の象徴を残すか、壊すかって話だよ、アンドレ」




 ――――・――――・――――・――――・――――・――――




 薄暗い建物の中。

 崩落した天井からは外の日の光が入り、天井の隙間を縫って建物の下層をところどころ照らしていた。

 じゃりじゃりした瓦礫(がれき)を踏みしめて、塔の最上階からその景色を見下ろす。

 割れたガラス。(ほこり)と瓦礫の屑に覆われた機器類。

 荒れたその部屋は時が止まったあの日のまま、ただ静かに年月が降り積もるだけ。


「……チェレス」


 居ない本当の英雄の名を呼ぶ。

 返事などない。3年前、自らの手で殺したのだから。

 すっと機器に積もった埃を手で払う。ざりざりした感触が肌を傷付けた。


「……もう、3年前なんだね」


 あの日を懐かしむ。

 もうそんなに経っていたのかという驚きと、まだ癒えぬ傷口がまだたったの3年なのだと突きつける。


「ねぇ……、もう3年なんだよ……、チェレス」


 人類が機械ら(マキナ)の管理から解放されて、3年。

 少しずつ進み始めたみんなと、あの日から時が止まった自分。

 少しずつ、ずれていく。


「チェレス……、私、どうしたらいいのかな……」


 風の噂で、この建物を解体するかどうかの案が出ているのだと聞いた。

 一方で人類解放の象徴として残すべきだという意見があるのも。

 彼と出会ったこの場所をなくしたくはない。一方で、このまま残していても自分はずっと先に進めないのではという不安もある。

 ぎゅっと拳を握った。


「……会いたいよ」


 本音が口をついて出る。

 ぱたりと落ちた水滴が機器の汚れを流していく。


「っ……、なんで、どうしてっ……ぅぐ……っ」


 あの時、彼からの求婚を受け入れていなければこうなっていなかったのだろうか。

 あの時、無理を承知で舞踏会に出ていなければ、こうはならなかったのだろうか。

 あの日、彼と出会わなければ、こんな思いをしなくて済んだのだろうか。


 後悔は全てが終わった後になって押し寄せてくる。

 何が正しかったかなんて歴史が決めることだ。今を生きる人々にとって、それが正しいことなのか分かりはしない。

 自分は最善の選択を選んできたつもりだった。

 そんなこと分かっていても、心の痛みも、傷も、癒えるはずがない。


「チェレスの……っ、チェレスのうそつき……っ! どうして私だったのっ、どうして私に求婚してきたの……っ! さいしょからこうなるってわかってたらっ……、どうして……っ」


 嘆いてもどうしようもできない。

 それでも目の前の機器に(すが)りつく形で泣き崩れた。


「あなたのことなんかっ、好きにならなければよかった……っ!」


 あの日のまま、(仮想空間)の中で夢を見続けていたらよかったのだろうか。

 八つ当たりするかのように、縋る機器に拳を叩きつける。

 痛みが雫となって頬を濡らし、あの日から積もり続けた年月を洗う。


 やり場のない怒りか、悲しみか。

 そのどちらもが癒えぬままぐずぐずと泣き縋っていると、不意に視界の端を自然の光ではない明かりが掠めた。

 思わず視線を向けた。やや青みを帯びた不自然な光を放つ板。

 

「しすてむ、きどう……?」


 画面に表示されている文字を無意識に読み上げる。

 その後は意味不明なアルファベットやら数字やらが高速で書き加えられ、目まぐるしく理解不能な文字の羅列が進む。

 そして最後に、何もない画面が一瞬映し出された後、文字とともに何の感情もこもっていない機械音声が流れる。


『――音声データ、検知。データを再生します』


 いきなり、なんの前触れもなく動き出した機械に驚き、目をぱちくりさせる。

 涙と埃で薄汚れた頬のまま、光るその板を見つめる。

 板には『音声データ:L.WiLL, be new start』とあるが、その意味までは分からない。

 そして、画面に一瞬だけビリッとしたノイズが走った後、声が――。


『――やあ、ひさしぶり。いや、さっきぶりかな?』


 (いと)しい人の声が、鼓膜を震わす。

 息が詰まり、じわりと視界が滲む。記憶の中にある懐かしい声が、自分の名を呼ぶ。


『このデータがいつ再生されているのかは分からないけれど、この音声を聞いているということは、君は無事に俺を消すことができたんだね。……ありがとう、エリサ』

「そんな……っ、わたしは、だって……!」


 頭がクラクラして、ドキドキして、そして、ぎゅうっと痛む。

 この声は過去のものだ。チェレス本人が先程そう言った。そして、画面にも『音声データ』である、と書かれている。

 分かっているのに、大好きで愛しくてたまらない。

 

「ちぇれすっ、どうして……っ!」


 ぎゅっと拳を握りしめ、俯く。

 これはただのデータだ。ただ機械が再生しているだけに過ぎない。

 それなのに、エリサは辛く当たりたかった。


「っ、ひどい、よ……っ! 約束、したのに……っ! ぜんぶ終わったら結婚してくれるって、一緒にいてくれるって……っ!!!」

『――約束を、守ることができなくてごめんね。でも、どうしても君には生きていてほしかったから』

「なんでっ、なんで……っ!」


 今になって。

 あの時と変わらない、懐かしい声でエリサの心を、記憶を抉るのだろう。

 

『辛い思いをさせてごめん。本当はオリジナルの俺が担うはずだった重荷を背負わせてしまって』


 本当に、そうだ。

 英雄なんて呼ばれているが、本当は何にもしていない。

 全部、チェレスが仕組んで計画して、エリサはその通りに動いただけだった。

 謝って済むはずがない。


『――はは、肝心な時に側に居られないなんて、さ。『EXCEEDER(超越者)』なんてとんだ名ばかりな存在だよ』


 データの向こうでチェレスが冷笑していた。


『あー……、まあ、俺の話はいいんだ。建設的な話をしようと思ってね』

「建設的な話……?」


 エリサは(いぶか)しげに眉をひそめた。

 ただの記録に、いったい何ができるのだろうか。


『そう。……今、君は俺のことを恋しがって先に進めていないんだろう? だからこの場所に来た。……うーん、いや、そうでもないかな? ……どちらにせよ、君はなんらかの理由があってここを訪れている』


 ドキリとした。

 内心を言い当てられて、ひやりとする。

 エリサは思わず首に下げている指輪を握りしめた。


『そんなエリサに伝えたいことがあってね。いやさ、実を言うと地球上の機械ら(マキナ)を掌握した時におもしろいものが見つかってさ。ああ、みなまでは言わない方がいいな。いや、でも待てよ……』


 急に黙り込んだチェレスにエリサは首を傾げた。

 結局何が言いたいのだろう。


『……いいや、正直に話そう。君は隠されるのが嫌だって言っていたし』


 エリサの気持ちを覚えていてくれたのか、と感心した。

 わずかに頬が緩み、嬉しさがこみ上げてくる。


「チェレス……」

『エリサ。実はある地点に俺の()()()()()()()()()が埋められている。座標は、この位置だ』


 画面が切り替わる。

 表示された地図に赤い点が点滅していた。

 地図の下に『X:1548321D5149 Y:758C73757574』と複雑な数字とアルファベットの組み合わせが書いてある。


「ばっく、あっぷ……?」


 意味は未だによく分からない。

 けれど、エリサの胸はざわざわと違和感を立てる。


『――そのデータをどうするかは君に任せるよ、エリサ。……人類を救った英雄という重荷を背負わせてしまった、せめてもの償いとして君に託そう』

 

 チェレスがかすかに笑った。

 エリサはただ呆然として、音声が流れる画面を見続けた。


『――それじゃあまたね、エリサ。次に会えたら、その時は……』


 言葉が途切れる。

 しばらくの沈黙の後、プツリと音が鳴り、無機質な機械音声が終わりを告げる。


『――音声データの再生が終わりました』


 その声を最後に、再び画面が切り替わる。

 画面に映し出されているのは、先ほどの地図とXだのYだの書かれた複雑な英数字たち。

 エリサはただ、表示されているその地図を見つめた。

 点滅する赤い光。そこに、ばっくあっぷでーたとやらがあるらしい。


 ――どうするかは君に任せるよ。


 チェレスはそう言った。

 エリサは埃で汚れた腕で涙のあとを拭い、立ち上がる。

 地図の場所に何があるのか分からない。

 それでも、一縷(いちる)の希望が見えた気がして、塔を抜け出した。

 外は嫌になるほどの快晴。

 眩しさに目を細めながら、青々と茂る広大な森と平原を見渡したのだった。


 

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