終章 はじめから
――彼は最後まで、嘘つきだった。
「――しっかし、本当にまだこんなものが残っていたとはよぉ……」
アンドレが感嘆の声を上げる。
その先にあるのは家かと思う程の大きさの巨大な鉄の箱。
「……んで、英雄様はあれが何なのか知ってんのかよ?」
アンドレに話しかけられて、エリサは首を横に振った。
「ううん。私にもあれが何なのかまでは……」
「はぁ!? 知らねぇのかよ!」
アンドレが声を荒げる。
その大声に驚いたミヒェルが、エリサの腕の中で泣き声を上げた。
「ふぁああああんっ……!」
「あー、はいはい、よしよし……」
「あーあ、アンドレがエリサ嬢の子供泣かしてる」
ふらりと戻って来たフェデリが開口一番に茶化した。
「はぁ!? ち、ちげぇし!」
「違う? そうなの、英雄さん?」
フェデリがにこやかに首を傾げてエリサにそう尋ねた。
エリサは落ち着き始めたミヒェルをあやしながら、首を横に振った。
「ううん、アンドレが泣かしたのよ」
「泣かせてねぇから!」
そう言い合いながらくすくすと笑い、エリサは戻って来たフェデリに聞きたかったことを尋ねた。
「ねぇフェデリ。戻って来たってことはあれが何か分かったの?」
エリサの問いにフェデリはわずかな間を置いて首を横に振った。
「うーん。あれがなんなのかは大体分かったんだけど、中に何が入っているのかまでは、まだ」
「……やっぱり、中に何かが保管されているのね?」
チェレスの音声データに残されていた話通り、どうやらバックアップというデータがあるらしい。
だが、それがどんな形で、どういうものなのか具体的なことは一切わからないまま、今日まで来てしまっていた。
「その通り。だけど、扉を開ける方法がわからない。『識別コード』とやらを入力しなければならないみたいで」
「『識別コード』……?」
どこかで聞いたことのあるような言葉だ。
「フェデリ、私が見てもいい?」
「もちろん。アンドレ、ミヒェルのお守りをお願いするよ。……今度は泣かせないように」
「何で毎回俺がガキのお守りしなきゃならねぇんだよ!?」
アンドレは悪態を吐きながらも、渋々ミヒェルを腕に抱く。
ミヒェルがエリサの手からアンドレに渡る瞬間、チリンと首から下げた指輪に触れて揺れる。
「ま、まー?」
「ミヒェル、ちょっとだけ待っててね。お母さんお仕事だから」
金色の純粋でまっすぐな瞳がエリサに向けられる。
エリサはミヒェルの黒髪をそっと優しく撫でると、フェデリに案内されて例の鉄の箱へと向かう。
大きさは一軒家と同じくらい。
エリサはフェデリに案内されながら、鉄の箱の麓へと降り立つ。
「エリサ嬢、ここ。ここにコードを入力しなくちゃいけなくて」
フェデリが指差した場所に、小さなパネルが嵌め込まれている。
いくつかの数字が並んだボタンと、小さな画面。
その画面には確かに『識別コードを入力してください』と表示されている。
「このコード、誰も心当たりがないらしくて。解析班に回してもいいんだけど、解析できるかどうかの保証は……」
無い。
そんなことは分かりきっていた。
だからエリサはフェデリの言葉に頷いた。
「うん。わかってる。でも……」
エリサにもこれといって心当たりはない。
解析に回すか。でも、開けられる保証はない。
じっと画面の文字を見つめる。『識別コード』、識別、コード……?
エリサがわずかに身をかがめた時、首から下げた指輪に陽光がキラリと反射して見えた。
その瞬間、あっ、とエリサは思い出した。
『識別番号 11 12 32 44 49』
機械らがエリサに言った、指輪の刻印。
機械らはあの時、この刻印を『識別番号』と言った。
『識別コード』と『識別番号』……似ている。
「……フェデリ。試してみたい番号があるんだけど、いい?」
「もちろん! ……英雄さんなら心当たりがあると思った」
フェデリはにっと笑ってエリサに場所を譲る。
場所を変わったエリサは、指輪を首から外して刻印を見る。
そして、打ち間違えないように慎重に数字を入力して、確認する。
11 12 32 44 49。
青く光る入力確定のボタンを押す。
ピコリ、と音がして画面が赤く変わり光る。
『識別コードが入力されました。スリープを解除します』
画面に文字が表示される。
その瞬間、バシュ――と隣の扉が音を立てた。
エリサは驚いて後ろに飛び退いた。
鉄の箱が動く。初めて見た機械の動きに周りで作業していた人たちが野次馬のごとく集まってきた。
皆が見守る中、箱に格納される形で扉が開く。
誰もが興味津々で箱の中に何が保管されているのか、その様子を窺った。
徐々に開く扉。その中に保管されていたのは――。
「……っ」
エリサは息を呑む。
エリサが夢から目覚めた時と同じような白い服。
闇に溶けるかのような青みがかった艶やかな黒髪。それなりに整っていると思える端正な顔立ち。
そのどれもが懐かしさと愛しさを連れて、エリサに衝撃を与える。
野次馬がどよめく。
人だ。人が保管されていたのか……。いや、あれは死体じゃないのか……?
皆が口々に動揺を隠しきれずに声を上げる。
機械らが保管していたもの。バックアップデータの正体。
それが人の形をしていたら、誰しもが動揺し驚くだろう。
そしてエリサもまた例外ではなかった。
「チェレス……」
ぽつりと呟く。エリサは箱へと歩み寄った。
未だ見開かれぬ、閉じた瞼。
その様相にエリサは震えた。
これが、チェレスが残した音声データの指し示すバックアップデータというのだろうか。
誰しもが英雄たるエリサの動向を見守った。
眠る彼の頬に触れる。ひんやりした感触が指先を伝った。
途端にこみ上げてくる感情をぐっと飲み込み、エリサはその手を離した。
「エリサ嬢。その人は……」
フェデリが静かに側に寄り、エリサに問いかけた。
「……この人は」
「ふぎゅああああああ!」
説明しようとしたその時、赤子の泣き声が場に響き渡った。
それとともに、荒っぽい男の声がエリサを呼んだ。
「おおい、英雄様! 俺じゃやっぱし無理だ! ミヒェルが泣きやまねぇんだ、助けてくれ!!!」
わんわん泣く赤子と同じくらい泣きそうな顔をした男――アンドレがこちらに寄ってくる。
突然の男の泣き言に野次馬たちが一気にしらける。
「はぁ……、やっぱりダメだったか……」
空気の読めないアンドレにフェデリは頭を抱えてそう呟いた。
仕方ない、とエリサもまた眠るチェレスらしきバックアップデータから視線を移した、その時。
突如、ぐいっと腕を強く引かれて体勢を崩す。
倒れ込んだ先でふに、と唇をやわらかいものが覆った。
思わず瞬きをしたその向こうで、夜空の星々を彩る金の瞳と目が合う。
「――あぁ、ごめんね。君があんまりにも可愛かったからつい」
ふっと微笑む彼の声は、記憶の中にあるものそのもので――。
息が止まりそうなほどの衝撃に思わず彼の瞳をじっと見つめてしまう。
「チェレス……」
「そうだけど。……どこかで会ったかな?」
はらりと頬を滑り落ちたエリサの髪をチェレスの手が元の位置へ戻す。
その瞬間、色んな感情が溢れだし、ぼろぼろと雫となって頬を流れ落ちていく。
「チェレスっ……、ちぇれす……っ!」
愛する人の名を呼び、エリサは少女のように泣きじゃくった。
ぎゅっと縋るように寄りかかった彼の体温が、その存在が真のものだと証明する。
言いたいことも伝えたいことも、文句もたくさんあるのにエリサはぐすぐすと泣いた。
そんなエリサをチェレスはそっと抱き寄せてその背を撫でた。
「……辛い思いをさせて、ごめんね」
チェレスは自分を解放してくれたエリサをぎゅっと抱きしめる。
英雄と褒め称える人物がまるでただの少女のように泣き縋る様子に、人々は彼が誰であり、どんな存在なのかを悟った。
噂に伝え聞いていた英雄を支えた人物だと。
「あー……、わりぃ、どういう状況……?」
なんだかんだぐずつきながらも泣き止み始めたミヒェルを腕に抱えたままのアンドレは呆けたように間抜けな質問をフェデリにかました。
フェデリははぁ、と深くため息をついた後、アンドレを含めた野次馬を追い払う。
「どうもこうも、見たまんま。はい皆! 作業に戻ってー! アンドレも、ほら行くよ」
「行くって、ミヒェルはどうすんだよ!?」
「はいはい、英雄さんは今お仕事中なの」
未だ状況が飲み込めていないアンドレの背をフェデリは押す。
きっと、積もる話がたくさんあるだろう。
フェデリはふたりが落ち着くまで彼らをほったらかしにしておこうと考えた。
「はいはい、行くよー」
「えぇ……、英雄様はほったらかしかよ……!?」
驚くアンドレとあーだこーだ言いあいながら、フェデリは鉄の箱を後にした。
その先にはかつて自分たちが囚われていた塔のような建物が、深い蔦に覆われはじめていたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はこんにちは、十六娘リップです。
当初10万文字程度と決め込んでいたのに、いつの間にか13万文字クラスに……。
本当に長い戦いでした。お読みいただいた皆様、本当にありがとうございます!
次は、次は短編とか書きたい……。




