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Episode35 愛に手向けの花を


 ガシャン――、と機体が揺れる。

 帰ってきた、地球の、もと居た場所に。

 機械ら(マキナ)が建てた建造物。その中にある塔の頂上にエリサは降ろされた。

 ガコッ、という衝撃音が鳴り、コックピットの前方が上に開く。


「――降りればいいの?」


 不意に問いかけたエリサの言葉にチェレスは頷く。


「ああ。最後に、エリサにお願いしたいことがあるんだ」


 一体なんだろう、と首を傾げながらもエリサはコックピットを出た。

 金属の大きな手のひらを踏み場にして、機械(マキナ)と対峙したあの場所へ降り立つ。

 振り返ったエリサの目に映ったのは、エリサの体の何倍も大きな人型の機械。

 銀色の輝きを持つ巨体の後ろには鳥の羽を折り畳んだような装置が付いていた。

 自分が助けてもらった機体の全体像にエリサは息を呑んだ。初めて、家と同じくらいの大きさの機械を見た。

 

「――エリサ? 大丈夫?」


 チェレスの声でエリサはハッと我に返った。

 見たことのない存在に見入ってしまっていたようだ。


「……うん、大丈夫。……それで、お願いしたいことって?」


 エリサは機体のどこを見たらいいのか分からなかった。とりあえず頭部らしき場所を見上げる。


「……本題に入る前に、少し話そうか」

「……? ……うん、いいけど……?」


 一息の静けさの後、チェレスはそう言った。

 エリサは頭に疑問を浮かべながらも静かに頷いた。


「エリサ。最初に俺と出会った時のこと、覚えてる?」

「うん、成人の儀を兼ねた舞踏会で、あなたがいきなり求婚してきたのよね」

「そう。それで、前にも話したけれど俺は最初、(オリジナル)の遺志を継いで人類を解放する人間を育てることを目的としていた。あの時エリサに接触したのは、エリサが機械ら(マキナ)に選ばれた『EXCEEDER』の候補者だったから」


 チェレスが語る過去は今や遠い昔のことのように思える。

 それでも(まぶた)を閉じればまるで昨日の事のように思い出せる。

 あの日、あんな求婚をされなければ、今のエリサは無かったのかもしれない。

 エリサは過去をじんわりと噛み締めた。


「……でも、事情が変わった。俺は本当の意味で君が欲しくなった。計画の一部としてじゃなく、本当の意味で君と結婚したくなったんだ」


 いつから……?

 そんな思い浮かんだ疑問を、チェレスは先回りして答える。


「いつからそうなったのか俺にも分からない。でも、気付いた時にはそうなっていたんだ」


 赤裸々に語られるチェレスの本心――告白にエリサは俯いた。

 頬がカッと熱くなる感じがして、エリサは瞬きをする。


「エリサ。君が俺を受け入れてくれて、好きだって思ってくれてると知って、俺は嬉しかったよ」

「そんな……、今でも私はあなたのことが好きだし、愛している、から……」


 恥ずかしさでしぼんだ声はチェレスに届いただろうか。

 手のひらをぎゅっと握る。羞恥でどうにかなりそうだ。

 一瞬の静寂。それはエリサにとってもっと長く感じた。


「……ありがとう、エリサ。君と出会えて、本当によかった」


 聞き慣れた低くて甘い声。

 それなのに、いつ聞いてもエリサの心はドキリと音を立てた。


「チェレス……」


 どういう表情をしたらいいのか分からないまま、エリサは顔を上げた。

 瞳に映る銀色の鉄の巨体。無機質な物体のはずなのに、心の奥に人のような温かさを感じた。

 

「エリサ……。君には本当の意味で幸せになってほしい」

「うん……?」


 チェレスの言葉に引っ掛かりを感じた。

 エリサとしては彼と居られればそれだけで十分だ。それだけで、十分幸せなのだ。

 

「エリサ……。最後のお願いを、聞いてくれるかい?」


 胸にザラリとした違和感がエリサを襲う。

 チェレスがお願いを――想いと役目をエリサに託す。


「俺が最後、君に頼みたいのは――『メインサーバーのデー()タ』の消去だ」

「……え」


 言葉が出なかった。

 言われた言葉は理解できるのに、頭がその情報を受け入れられなかった。

 消す? 何を? データ? 何の……?


「……エリサが居た仮想空間は、いわば俺そのものだ。その仮想空間を作り出していた機械(サーバー)が、この塔。その制御装置がこの部屋にある機械なんだ。つまり、この塔そのものが『EXCEEDER』のようなもの」

「なん、で……?」


 チェレスの言っている言葉は分かる。

 つまり、チェレスが機械そのもので、『EXCEEDER』だから……。だから、消さなければならない……?


「エリサ。酷なことを言うようだけど、『(ファザー)』は倒した訳じゃない。……過去の古い文献から推測するに、恐らくあれは()()。本体は別にある」


 だからいつ戻ってきてもおかしくないと、チェレスは言った。


「分体だったからこそ俺たちは奇跡的に『(ファザー)』を撃退できた。本来はもっと強いはずだよ。なにせ……、この世界を創ったのは彼ら、()()()()だから……」


 チェレスは静かに語った。

 エリサはそれを、ただただ聞き届けた。

 次は本体が来るかもしれない。そうなれば、エリサどころか人類が滅びてしまう。


「……ま、まってよ……」


 震える声でエリサは声を上げた。

 

「なにか……、何か他に手があるはず……」


 チェレスを消さずに済む方法が。

 思考を周巡させる。でも、戸惑い、思考が固まりかけているエリサではろくな方法が思い浮かばない。

 頭を抱えるエリサに、チェレスは淡々と感情を押し殺したかのような声で告げる。


「ないんだ、エリサ。ヤツがいつ戻ってきてもおかしくはない。俺たちが相手しているのはそんな存在のヤツらなんだ」

「そんな……、じゃあ……」


 項垂れる。項垂れるしかできない。

 落ち込むエリサにチェレスは追い打ちをかけていく。


「エリサ。俺は君に生きてほしい。『EXCEEDER』という存在がなくなれば恐らくヤツはこの世界を諦めるだろう。だからエリサ。これが最後のお願いなんだ」


 チェレスの声が、言葉が、想いが。

 エリサの抉られた心の傷に染み渡り、痛む。

 嫌だ。嫌だと思った。

 あれだけ一緒に居て、彼と本当の意味で繋がることができて、命の危機も去ったというのに。

 全てが終わったら本当の意味で求婚すると、してくれると言ったのに……!


「……そつき」

「エリサ……」

「うそつき、うそつきうそつき……っ! ずっと、ぜんぶおわったらずっと一緒にいてくれるっていったじゃないっ! あれはうそだったの……っ!?」


 ぼろぼろと頬を雫が伝う。

 視界がじわりと滲んで、見えなくなる。

 それでもエリサは泣くのを止められなかった。

 チェレスと一緒に居たいという思いがいくつもの雫となって地に落ちていく。


「……ごめん、エリサ」


 謝られてもどうにもならない。

 チェレスの死か、人類の滅亡か。

 どちらにせよ彼は居なくなってしまう。分かっているのに、人として選ばなければならない道は分かっているのに。


「いやだっ、いやだよ、ちぇれす……っ! あなたと一緒に居たかったのに、どうしてこんなっ……!」


 エリサはこどもに戻ったように泣きじゃくった。

 何のために頑張ってここまできたのだろうか。


「……ごめん、君に辛い思いをさせて。……でも、同じ結末を迎えるなら俺は愛する人に殺されたいと思ったから」


 だから、最後の願いなのだと。

 どの道同じ結末なら、せめて愛するエリサの手でその生を終わらせたいと。

 チェレスの願いにエリサは言葉も出ない。

 エリサには生きていてほしい。だから『EXCEEDER』を消さなければならない。

 それでもエリサに自身のデータの消去を頼むのは、せめて愛する人に消されたいというわがままだ。

 それを知ってもなお、エリサに打てる手立ては無い。


「……エリサ。俺を、消してくれ」

「っ……」


 両手で涙を拭いながら、エリサはよろよろとチェレスの指示通りに機械の前へ立つ。

 ひとつだけ赤く光るランプボタン。エリサは歪む視界の中、そのボタンに手をかける。

 ひんやりとした感触。エリサはそのボタンを押そうとした。

 ……でも、押せなかった。


 これを押してしまえばもう二度とチェレスには会えなくなる。

 そう思えば手に掛けているこのボタンを押すなんて出来なかった。


「エリサ……」

「……っ、むり、だよ……っ。だって、これを押してしまえばあなたとは……」


 手が震える。

 愛した人ともう二度と会えない。それがどれほどの恐怖か、今のエリサには痛いほど分かった。


「……エリサ、やるんだ」

「でも……」

「やるんだっ!」


 今まで聞いたこともない怒号にエリサはビクッと肩を震わせた。

 

「……エリサ。俺は君のことを愛している。……愛しているからこそ、君には生きていてほしいと思うんだ」


 管理された世界じゃない。自由な世界で。

 命の危機もない、平和な世界で生きていてほしいとチェレスは願った。


「……私だって……」


 チェレスと共に居たかった。

 でも、それは叶わぬ願いなのだと、思い知らされる。

 結末が変わらないのなら、エリサが歩む道はひとつしかない。


「エリサ……」

「チェレス……」


 言葉が重なる。


「「愛してる」」


 それが、ふたりの答えだった。

 赤く光るボタンを、カチリと押し込む。

 耳鳴りのように響いていた機械の駆動音が徐々に音程を下げ、消えて聞こえなくなる。

 途端に、ガシャンと重たい金属が落ちる音が背後で鳴る。

 エリサは思わず振り返った。

 その先に映るは、項垂れるようにして力を無くした金属の巨体。

 エリサは恐る恐るその巨体に触れる。

 金属ゆえに冷たいと思い切っていたエリサの手のひらを伝ったのは、人肌のようにほんのり温かいぬくもり。


「……チェレス……?」


 思わず声を掛けた。

 だが返ってくるのは空しい自分のこだまだけ。


「……っ」


 じわり、と再び視界がぼやける。

 ぐっとのどが絞まる。もう、ここに彼は居ないのだと思い知る。


「っ、うぁあああああああああああ――!」


 無機質な空間に、慟哭(どうこく)が響く。

 

 それが、人類が機械ら(マキナ)の管理から解放された記念すべき日であった――。


 

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