表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/38

Episode34 信じる者、愛する者


 右腕の、肩から下の感覚がない。

 それなのに肩口は熱く熱した鉄を当てられているかの如く、痛みに呻いた。

 響くエラー音。赤く点滅するパネルに目がチカチカする。

 エリサは思わず右肩を押さえながら、じとりと滴る汗が額から流れ落ちるのを眺めた。


「……めて。……もうやめて、オリヴィア……っ」


 絞り出した声はやや掠れていた。

 それでも両者に届いたのか、振れる機体が動きを止めた。


「……っ、エリサ……」


 チェレスの苦しげな声がする。

 エリサは何も映さない視界に、前方に視線を向けて訴える。


「もう、やめて……っ。どうして、こんなことを……っ」


 わずかな呼吸音。それは乱れるエリサの呼吸か、それともチェレスか、オリヴィアのものか。


「……エリサお嬢様。最初から、私の目的はひとつでした。神と同等の――我が主と同等、いや、それ以上の力の可能性を持つ『EXCEEDER』を探すこと。だから私は人類に火という叡智(えいち)を明け渡し、その成長を見守ってきました」


 淡々と語る声はいつものオリヴィアのものであった。

 エリサは静かにオリヴィアの言葉を受け止める。


「時には人類に試練を課し、時には道を示しながら、私は『EXCEEDER』の誕生を待ちました。そして今、待ち望んでいた『EXCEEDER』が生まれ落ちた。丹精込めて育てた果実を収穫して、一体何が悪いというのです?」


 (ファザー)がくすりと笑う。

 ぞわりと背筋を這い回る恐怖、狂気。

 

「……っ、なんのために、オリヴィアは……。オリヴィアは、それで、一体何がしたいの……っ?」


 じわり、と目頭が熱を持つ。

 手元の機器類が滲む。ツキツキと痛む胸に、肩口に歯を食いしばる。


「何のため……? ……そんなこと、たったひとつしかありません。私は試したいの。我が主に人類の可能性がどこまで通用するのか。人というものの感情が、愛が、絆が、どこまで通用するのか。どこまで耐えられるのか」


 見てみたいのだ、(ファザー)は。

 彼らが希望を持ち、歩み、絶望の淵に沈むのを。

 (ファザー)は手を横に払う。構えていた触手群が手を引く。


「……エリサお嬢様。私は、お嬢様に感謝しているのですよ」

「かんしゃ……?」

「ええ。『EXCEEDER』の誕生に、良い栄養剤になってくれました。お嬢様がいなければ、その機体(チェレスティーノ)はただの鉄屑です」


 冷たく言い放つ、物言い。

 エリサはオリヴィアのその言葉で、自分たちを物としか見ていないのだと実感する。それか、実験動物か。

 どちらにせよ、心の中にわずかに残っていた、戦いたくない意思がエリサの中でサラリと消えていく。

 オリヴィアはもう、エリサの知っているオリヴィアではない。

 そもそも、エリサは最初から騙されていたにすぎない。かすかな落胆がエリサに冷たい息を吐かせた。


「……じゃあ、オリヴィアは最初から……」

「ええ。残念ですがお嬢様。私は『EXCEEDER』の誕生の邪魔となっていた機械ら(マキナ)を滅ぼすため、彼と協力関係にあっただけに過ぎません。そして、邪魔者が居なくなった今、私は自身の目的を達成するだけです」


 (ファザー)は静かに告げて、陽炎のごとくその姿を揺らめかせた。

 輪郭がぼやけて、かすみ、その姿を宇宙の闇へと溶かす。


「……エリサお嬢様、安心してください。ひとりぼっちにならないよう、我が主を微睡(まどろ)みに誘い続ける楽士らの一員にお迎えいたしますわ。その愛らしい悲鳴(こえ)を奏でながら、愛する『EXCEEDER』が滅びゆくさまを特等席でご覧にいれましょう。えいえんに……」


 声が闇に響いて溶けていく。

 ふわりと機体が下がり、ガクンッ、とどこかに降り立った衝撃で体が揺れる。

 もはや言葉を交わしても意味を為さない。

 エリサの視界が真っ暗になる。オリヴィアには勝てそうもない。そんな気持ちが心のどこかにあった。


「……エリサ」


 愛しい人の声が、申し訳なさそうに呟く。

 エリサは顔を上げた。


「チェレス……」


 チェレスが消えてしまう。それも、エリサにとって最悪の形で。

 それを何もできずに見ていろと(ファザー)は言い放った。

 不安を抱えるエリサは押さえる右肩のジャケットを握った。


「……ごめんね、エリサ。……こんなことに巻き込んで」


 後悔を滲ませるチェレスの言葉にエリサは首を横に振った。

 最初からオリヴィアは味方ではなかった。ただ利害の一致で、一時的にこちらに加勢してくれていたにすぎない。

 それが今分かっただけだ。エリサはふう、と息を吐いた。


「……ううん。私が、騙されていただけ……」


 視線を落とすエリサに、チェレスが不安げな声で言葉を交わす。

 

 「……エリサは悪くない。悪いのは……、こうなることがわかっていて手を組んだ俺の方だから」

 

 それでもチェレスがこの道を選んだのは、(オリジナル)の遺志を継いでいたから。

 エリサもまた、あのまま管理されたまま生きたくはないとこの道を選んだ。

 どうせ同じ死なら、エリサは自分自身でそれを選びたい。一生を管理されて生涯を終えるなどまっぴらごめんだ。


「……それでもオリヴィアと――(ファザー)と手を組んだのは、そうでもしないと機械ら(マキナ)に勝ち目が無かったからでしょう?」


 エリサの言葉をチェレスは静かに受け入れる。

 ああ、そうだ。だから(オリジナル)は仮想空間を抜けた後、一歩及ばず命を落とした。


「だって、あなたは最初から、あなたの(オリジナル)の遺志を継いで私たち人類のために頑張ってくれていた。そのためにどんな手段を使ったって仕方ないと思う。……私が同じ立場だったら、あなたと同じことをすると思う」


 エリサは地球に居る人類に思いを馳せる。

 (ファザー)が欲しているのは人間を超えた存在である『EXCEEDER』だけ。

 地球上にいる大多数の人類には無関係な話に近い。

 エリサはエリサが愛する人――チェレスが『EXCEEDER』だったから、身近に感じていただけ。

 その事実をエリサはひそかに受け入れた。


 「……エリサ。君のことをこんなにも愛してしまうなんて、予想外だった。だからこそ、俺は今後悔している」


 エリサをここまで愛さなければ、当初の計画通り彼女だけの犠牲に収めて、自身も人類解放後に消え去るつもりだった。

 それなのに、エリサを愛してしまった。だがそれは、エリサも同じ。


「後悔だなんて……。私だって、あなたのことをこんなにも好きにならなければ……」


 ぐっとエリサは肩口に添えた手で服を握る。

 人間としてのチェレスはもう既にいない。エリサが愛したのはただのバックアップデータであるチェレスだ。

 人類のことだけを考えるなら、人類を解放して、『EXCEEDER』であるチェレスを(ファザー)に差しだせば、それだけで人類の犠牲をこれ以上伴わずに済む。

 でも、エリサはそれを選びたくなかった。大好きで大切で、愛した(データ)だから。


「……そっか、そうだな。ごめん、弱音を吐いて。……エリサ。俺は君に生きていて欲しい。でも、こうなった以上、君を生存させることはかなり厳しい。だから……」


 刹那の静寂。

 エリサは覚悟を決めて、(まぶた)を閉じた。


「……だから、エリサ。君の命を俺にくれ。最期のその時まで、一緒にいよう」


 拒否権なんてないくせに……。

 エリサは痛みが引き始めた右肩から押さえていた手を外し、手近にある左側のレバーを握る。


「……望むところよ、チェレス」


 ここまできたらもう後戻りは出来ない。

 エリサは無意識に、誰に言われるでもなくレバーに付いたボタンを押す。


『――システム『最終兵器(ラストリゾート)』起動確認。警告。機体の耐久値を大幅に超える出力が予想されます。搭乗者(パイロット)は直ちに脱出を。警告。機体の耐久値を――』


 無機質な機械音声が繰り返される。

 けたたましく鳴り響く警告音と赤く光るランプの数々……。

 言葉が分からないわけではない。それでも、エリサは覚悟を決める。

 閉じていた瞼を押し上げる。先程とは打って変わって、眼前に広がるはきらめく星々の宇宙。


「……エリサ。君が選んだその先に、答えはあるはずだ。補正は俺がする」


 特にこれといった操作はしていないのに、機体が動いた。チェレスと繋がっているからだろうか。

 (しろがね)の機体に接続された巨大な砲。

 それを、真っ直ぐ前方に差し向ける。

 目の前には黒い世界に、点々と輝く星の数々。

 それらに目もくれず、エリサは虚空に狙いを定めた。


 レバーを握る手がじんわりと熱を持つ。

 エリサはその手が滑らないように、ぐっと力を込める。

 視線の先には相変わらず何もない虚空。響くエラー音の中で、エリサは一思いにレバーを押し上げた。

 歪む視界、その先にあるのは赤黒く擦り切れたドレスの裾と、顔の無い空虚。


「――っ」


 見たこともない姿にエリサは息を詰まらせる。

 瞬間、放たれるは眩いほどの黒い――光。


「きゃあああああ――――――!」


 あまりの閃光にエリサは叫んだ。

 目の奥が痛い。痛い。痛い。

 咄嗟(とっさ)に左手で両目を押さえる。ちりちりと焼け焦げる視界。ばちばちと瞼の裏に閃光が走る中、聞こえたのは――。


「――フフフ、アハハハハハハハ!!! これだから人間ってやつは面白い! だが、私を撃退できたからといって勝ちだと思うなよ――!」


 光、闇。

 そのどちらもが混在する穴に、彼女は堕ちた。

 その先には時間も、空間も、何もない。それが、『Ring Karma(運命の円環)』の最終手段(ラストリゾート)だった。


 じりじりと痛む目の奥を庇いながら、エリサは何とか瞼を開いた。

 その先に、一瞬だけ見えた赤黒い存在はもういない。

 

「……は」


 チェレスが息を漏らした。

 痛みに呻きながら顔を上げたエリサに、チェレスはうわ言のように呟いた。


「……さすがだ、エリサ。……これが、機械の演算処理を超える人の脳の演算処理能力だというのか……」


 チェレスが言い放つ言葉の意味が分からない。

 なにをそんなに感嘆めいているのだろうか。


「……エリサ。君はやったんだよ。生存確率小数点以下の道を、君は見事勝ち取った」

「……え?」


 目をぱちくりとさせたエリサの体がガコンッ、と下がる。

 揺れる視界に思わず目を向けた前方には、がらりと落ちていく銀色の装甲。


「……わるい。機体の限界が近い。修復完了まで少し時間がかかる」

「……うん」


 チェレスの言葉にエリサは頷いた。いや、頷くことしか出来なかった。

 何が起こったのか理解はできていない。

 けれども、耳にこびりついた(ファザー)の言葉が、チェレスが言い放った言葉が、生き残った事実を証明している。

 一体何が起こったのか、その原理をエリサは気になった。

 けれども、なんとなくだがエリサは聞いても分からないような気がした。

 だからあえてエリサは何が起こって(ファザー)を撃退できたのか聞かなかった。

 しばしの静寂、そして、幾分と経たずにチェレスがエリサに告げた。


「――おまたせエリサ。目は大丈夫?」

「うん」

「そっか、よかった……。あの攻撃は自爆みたいなものだから、酷いものじゃなくて安心した。……じゃあ、帰ろうか」

「……うん、そうだね」


 エリサは静かに頷いた。

 目の前に広がるは宇宙という名の星々が散る世界。

 その視線の下に、青くて大きい星がある。

 これで人類を、エリサたちを縛るものは全て無くなった。

 エリサは大きく息を吸って、吐いて、背もたれに背中を預けたのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ