Episode33 運命の円環
栗色の茶髪を頭上で纏め、襟の整った古風なメイド服。
それが彼女の――父の姿だった。
だが今やかつての見慣れた姿はなく、赤黒く変容したメイド服と顔の無い形相のみ。
揺れる裾は擦り切れたドレスにも思えるほど、美しくも禍々しい雰囲気を纏っていた。
ほぼ真空状態ともいえる宇宙空間で、彼女は生身で立っていた。
それが、彼女が――父が人間では無いことを証明していた。
そんな父を目の当たりにして、エリサの動揺がバイタルと脳波を通して伝わってくる。
乱れる心拍数、浅い呼吸、安定しない脳波。
そりゃそうだ。今までずっと側に居てくれた人物の正体が父だったなんて。
誰だって信じられないだろう。
けれども、それ以上に父が纏う異様な雰囲気がエリサの人間としての本能を昂らせていた。
恐怖と、それに伴う生存本能。
エリサが握る操縦桿から伝わる温もりに、俺の想いを重ねる。
「――あらあら。せっかく私が我が主のお力の一部をあなたに差し上げましたのに……。残念です。あなたなら世界を救う勇者にも、世界を支配する魔王にもなれるというのに……」
どこかつまらなさそうに父は呟いた。
俺はまっすぐに父を見据え、右手を構える。
「……悪いが、俺は世界を救う勇者になれない。世界を支配する魔王にだってなるつもりもない。……俺はただコイツを――エリサを守りたいだけだ――!」
『――『Ring Karma』ユニゾンリンク発動。リミッターを解除します』
意思に呼応して、『Ring Karma』の枷が外れる。
構えた右手から指示を出し、高速で輪を変形させる。
白い鋼鉄の弾丸と化した輪が目にも留まらぬ素早さで父へと向かって飛んでいく。
弾丸が迫る刹那、父がフッ――と消えた。
瞬間移動。だが、予想の範囲内だ。
俺は瞬時に長剣を生成する。
構えた瞬間に、ガツンッ、と衝撃が機体に走る。重い 。
「――っ」
「あら、これに反応できるなんて、さすが『EXCEEDER』」
ふふ、と嬉しそうに父が喉を鳴らす。
機体よりも10分の1ほどのサイズ。それなのに、こちらが受ける衝撃は相当なものだった。
手にした剣を薙ぎ払う。ふわりと距離を離した父に合わせて反対の手に銃を生成、引き金を引く。
ガガガガッ、と腕に衝撃が響く。
「そんな子供騙し、通じませんことよ」
父がひらりと身をかわし弾丸を避ける。
その軌道を読んで、俺は手にした銃の機構を変えた。
ガシャンと反転する銃身。グリップを逆手に持つ。
『――高出力光線、発射準備。3、2、1……』
照準を父に定める。まだだ。まだ。もっと引き付けて……。
父が最後の弾を避ける。今だ。行け!
「――なっ……!」
父が光線を避けそこなった。赤く染まったドレスの裾がジリッと焼け焦げる様子が見える。
今度はこちらから。背面に付いたブースターの段階を最大値まで上げ、『Ring Karma』からエネルギーを循環させる。
機体の負荷値が上がる。瞬時に加速した機体は標的までの距離を一気に詰めた。
勢いに任せて剣を振るう。バチンッと走る火花。父はそれを堂々と受け止めていた。
「『Ring Karma』。さすがは、人類最強クラスの武器と謳われるだけありますわね……っ」
じりじりと剣を受け止めるそれは、大きな赤黒い蝙蝠の翼のようだった。
どうやらドレスの裾に見えた部分から展開しているらしく、間近に見た彼女は人型の――触手のよう。
エリサとの視覚情報の連携を遮断しておいてよかったと俺は感じた。
まるで異形だ。
父が動く。
「……ですが、それは我が主のお力の一部にすぎません。『EXCEEDER』、我が主のお力を受け継ぐ私にそれが通用するとでも……?」
静かに語りながら父がその姿を変容させる。
父の背面に肉塊ともとれる触手の群れが生成された。それらの内のいくつかをこちらへ差し向ける。
ザシュッ――と切れ、いくつかの装甲が割れ剥がれる。
それでも俺はこいつを守りたい。エリサが生きる道を守り抜く――!
父に勝てる可能性は0じゃない。だから――。
「……っ、武器ってのは性能だけで語るようなものじゃない。それを扱うやつの技量ってのも必要だ……!」
機体のいくつかの機構が展開する。背面にある銀の翼が起動。
排熱、内部温度の調整。
高火力、高負荷に対する仕様へと機体が変化する。
俺は剣を振りぬき、『Ring Karma』を周囲に集積させる。
複数個の小さな円環。それらに高密度のエネルギーを機体から回す。
円環の内側が徐々に光り輝く。赤、青、白。
『――篠突雨槍照射準備完了。自動照準開始します』
視界に緑の円がブレる。じりじりと父に向けて、タイミングを合わせる。
左、右、その先……!
バシュ――っと閃光が小さな輪から放たれる。
父がかわして、かわして、かわしきれずに被弾。
父は一瞬体勢を崩したものの、すぐに持ち直してこちらへ反撃を開始する。
お返しと言わんばかりの勢いで、刃のような触手をこちらへ刺突する。
俺はそれらの触手群をぎりぎりでかわしつつ、輪を鎖刃状に変えて切り落とす。
その隙に父が瞬間移動で一気に距離を詰める。俺は瞬時に盾を展開し父からの攻撃を防ぐ。
速い……! 反応するので精いっぱいだ。
これが彼女の実力なのかと、わずかに焦る。
それでも俺は、戦わなければならない理由がある。
「『EXCEEDER』、どれだけ抵抗しようとも、私には敵いませんことよ? ……さて、あなたの実力も分かった事ですし、そろそろお戯れは終わりにしましょうか」
父を彩る赤黒い触手が揺らぐ。父が笑った。
俺は咄嗟に二双の剣を構築し、襲い掛かってくる触手群を退ける。
だが、斬れども斬れども触手はとんでもない速度で再生し、機体を狙う。
ついには追い付かなくなった機体がザシュ――っと切れる。
「――っ!」
エリサの痛みに呻く声が聞こえる。機体と接続している影響で、エリサにも同様の痛みが与えられている。
それはかつて搭乗者の闘志を奮い立たせるための機能。だが、それが俺の心を痛ませる。
悪い、エリサ。もう少しだけ耐えてくれ……!
ギリッ、と相手を睨み、襲い来る触手から距離を取りつつ、輪を操って牽制のための射撃を行う。
だけれども、父はそれをものともしない。ぐっと距離を詰められ、ガッ――と右腕部を切り落とされる。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――――っ!」
感覚を共有しているエリサの絶叫が響く。父が狂気に満ちた声で笑った。
「――あはははははっ! 『EXCEEDER』、あなたが戦い続ける限り、エリサお嬢様もあなたと同じ痛みを味わうことになるのよ? そろそろご決断なされては?」
「……っ」
そんなこと分かっている。百も承知だ。
「それとも、お嬢様はただの生体パーツですか? ええ、そうですもの。『Ring Karma』を動かすにはパイロットが必要。『Ring Karma』のリミッターを外すには必要不可欠ですものね」
「……っ、ちがう!」
違う。エリサはそんなんじゃない。
即座に生成した剣で応戦する。けれど、鋼鉄よりも硬い触手が振るった剣を弾いていく。
わずかに体勢を崩した隙に、父が機体を弾き飛ばした。
「ぐっ……」
「そろそろ諦めたらいかが? エリサお嬢様が『Ring Karma』の生体パーツであろうとなかろうと、こちらには関係ないことですし」
冷めた言葉で父が言い放つ。腕らしき触手を構えたところで、エリサが言葉を発した。
「……めて。……もうやめて、オリヴィア……っ」




