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Episode30 約束の宇宙


 宇宙。それは地球の大気圏、重力圏を抜けた先にある広大な領域。

 その宇宙に地球の衛星軌道上を回る建造物がある、それが『機械ら(マキナ)』の拠点だ。

 ……と、そんな話をされてもエリサにはさっぱりだった。


「――……えっと、つまり……。私たちがいた場所から、ずーっと空に向かって飛んでいった先が、宇宙ってこと?」


 マキナの本拠地に乗り込む道中、エリサはチェレスから色々と説明を受けていた。

 けれども、古い時代を模した世界で生きていたエリサにとって、科学的なアレコレはさっぱりだった。


「うん、そう。その宇宙に、やつらの拠点がある。地球でのマキナの権限は俺が既に掌握済みだから、彼らにできるのは拠点からの攻撃だけだ」

「……ふぅん」


 そんな話をされてもさっぱりだ。

 エリサに分かることは、敵の本拠地に乗り込んで大元の元凶を倒すということ。

 いまいちチェレスの話についていけていないエリサはふいに視線を目の前の機械へと向けた。

 黒い板のようなものに青い光で文字やらなにやらが書いてある。

 ボタンやレバーみたいなのも多数あり、エリサとしては触らぬ神に祟りなし。眺めるだけに留めていた。

 そんな装置の中で一際エリサの目を引いたのは、人の形にも見える光る絵が映し出されている板だった。


「……これは?」

「ああ、それはこの機体の各ユニット表示。破損したり異常を検知した時にどの場所がエラーを起こしているのか判断するモニターだよ」

「うーんと、つまり……?」

「壊れた場所が分かる画面、って言ったらいいかな?」


 なるほど、と頷いて見せる。

 壊れた場所が分かる、画面(たぶんこの板のこと)。

 エリサは他にも色々物珍しげに装置を見ていたが、ふいに寒気がしてくしゅん、とくしゃみをしてしまった。


「……へ、……っくちゅん」

「ああ、ごめんね、エリサ。大気圏は抜けたから寒いよね」


 チェレスの言葉にエリサは装置の向こうに広がる景色に目を向けた。

 上を見れば黒い世界に転々と光がある。

 下を見れば青色と白い筋が走る大きな球体。

 チェレス曰く、これが地球なのだという。


「……確か、操縦席の後ろにダウンジャケットがあったと思うから、それを着て」


 だうん、じゃけっと……?

 またもや聞き慣れない言葉に首を傾げながら、衣類の類だろうとエリサはチェレスの言う通りに後ろを探った。

 突き出した手に触れたのはひんやりとしていて、つるっとしている布のようなもの。

 エリサは一思いにその布を掴んで引っ張った。

 薄灰色の布のかたまりはつるっとしていてわずかに光沢があり、手触りはひんやりとしている。

 思い切って広げてみると、確かにそれは衣服であり、外套(がいとう)のようだった。

 本当に暖かいのか? と首を傾げるエリサにチェレスは着るように促す。


「そう、それ。よくわかったね」

「うん。でも、チェレス。これって本当にあったかいの?」


 触った感触は明らかに冷たい。とても暖かくなるとは思えなかった。


「大丈夫。中に羽毛が入ってるから、着ている内に暖かくなるはずだから」


 本当か?

 チェレスの言葉に疑いながらもエリサはダウンジャケットとかいう外套に袖を通した。

 ひんやりとした感触が肌を滑り、エリサはぶるりと体を震わせた。


「エリサ。それで、前のジッパーを閉めた方がいいと思う」

「じっぱー……?」


 更に首を傾げるエリサにチェレスはダウンジャケットに付いている開閉具の説明をした。

 どうやら服の前に付いているギザギザを閉めればいいらしい。

 悪戦苦闘しながらもチェレスの言うことに従って何とか開閉具を衣服の端っこに引っ掛けることができ、それをぐっと上に引き上げる。

 ジーっという音が耳に引っ掛かった。


「……これでいいの?」

「うん、正解。しばらく着ていたら暖かくなると思う」


 半信半疑のまま、エリサは頷いた。本当に暖かくなるのだろうか。

 だけれど、ひんやりとした感触は最初だけで、確かにしばらく着ているとチェレスが言った通りに暖かくなってくる。

 それもそうか、とエリサは納得した。チェレスの言う通りなら中には羽毛が入っているはずだ。

 羽毛布団と同じ原理か、と思えば頷けた。


「……ねぇ、チェレス。ひとつだけ聞きたいんだけれど」

「なんだい?」

「この……、外を回ってる輪っかみたいなのはなに?」


 そう言いつつ、エリサは視線を上空に向けた。

 真っ黒い宇宙に転々と輝く星。それよりもっと近く、エリサが今居る部屋――コックピットと言うらしい――の周りを回る、大きな白い輪っか。

 先ほどチェレスから説明された画面には表示されていない、青白い光が走るその輪っかをエリサは見上げていた。


「ああ、これ? うーん、なんて説明したらいいかな……」


 悩む口ぶりのチェレスにエリサはもう、とむくれた。

 

「チェレス。もうはぐらかしたりしないって言ったじゃない」

「あぁ、うん、そうだね。……でも、エリサ。本当に理解できる?」


 まるでこどもに難しい話をする前置きのようにチェレスはエリサに言った。

 そんな扱いに、エリサは更にむっとした。


「大丈夫よ。私だってもうこどもじゃないもの」

「そっか。そうだね。……じゃあ説明するけど、これは『Ring Karma(運命の円環)』と言って、この機体――K-857E-71――の最重要機関。この機体のメインとなる動力源であり、主力武器でもある。その内部機構は実に206個ものパーツに分解することができ、そのひとつひとつがエンジンとして機能し、無線によるエネルギーの受け渡しも可能。動力の源となる原子を分裂、または融合させてエネルギーを得る。原子が存在する場所ならばどこでも活動可能でそのエネルギーも現地調達できるという優れもの。まさに人類の叡智(えいち)ともいえる――」


 口早にまくしたてられるように説明されて、エリサは頭を抱えた。

 難しいなんていうレベルじゃない……!


「あの、えっと……要するに……?」


 困惑したエリサは頭を抱えたままチェレスに要約を求めた。

 

「……要するに、人類最強の武器ってこと」


 サクッとまとめられ、エリサははあ、とため息交じりに頷いた。

 そんな眉を(ひそ)めるエリサにチェレスはあははっと笑った。


「……ふ、ははは……! だから言ったじゃないか、エリサには難しいって」

「だ、だって聞いてみないと分からないじゃない! もうっ、笑わないでよ……っ!」


 目の下を赤くしながら、エリサは頬を膨らませた。

 エリサにとってこの世界は初めてしかない。だから、どれがどうエリサの理解に追いつくかなんて聞いてみないとわからないのだ。

 そんなエリサをかわいいと思いながら、チェレスははぁ、と息をついた。


「ごめんごめん。でもまあ、コレに関しては見てればわかるよ」


 チェレスの言葉にエリサはわずかに首を傾げたが、視線を前に戻した時にハッとした。

 視線の先、月とは違う巨大な建造物が姿を現わした。

 白い無機質なブロックが複雑に組み合わさったようなものが、黒い空に悠々と漂っている。

 そして、その建造物からこちらへ向かってくる、星々とは違う白さの物体。

 よく見ると、それらはごつごつした石や金属でできた人形のようだった。

 数は全部で5体。それが味方ではないことくらい、エリサにも何となく肌で感じ取った。

 

「チェレス……」


 不安げな声を漏らしながらエリサはチェレスに問う。

 

「大丈夫、心配するな」


 そう言うものの、不安は拭えない。

 それに、エリサとしては何かすること、出来ることはあるのだろうか。


「でも……、私もなにかできることとか……」


 このまま見ているだけでいいのか。

 そんな声色のエリサにチェレスはああ、と声を漏らした。


「……そうだな、強いて言えば……そこの両脇にある腕輪を嵌めてくれるとうれしい」

「腕輪?」


 視線を両サイドに走らせると、確かにそこには無機質な白い腕輪が。

 腕輪には2、3本の線がそれぞれ繋がっていて、腕輪の内側には針のようなピンが飛び出ている。


「そのプラグをエリサの両手のジャックに合わせるようにして嵌めて欲しい。一瞬だけ接続音が痛いけど、エリサなら大丈夫」


 そう言われて、エリサは半ば勘でそのプラグとやらを両手首にある銀色の輪っかに合わせるようにして腕輪を嵌め込んだ。

 一瞬だけ、ブツッ、という音が耳の、いや、脳内で鳴った。

 突然脳内で弾けた音にエリサは驚いて肩をびくっと震わせた。


「……うん、無事機体と接続できたようだ。……ありがとう」

「……?」


 チェレスの声がより鮮明に聞こえる。一体なにがありがとうなのだろうか。

 これがどういう意味なのか、エリサは尋ねようとして顔を上げた。

 だがエリサが問うより前に、チェレスの声が、思考が飛び込んでくる。


「……さあ、これで全ての()が整った。……後はこの戦場を、走り抜けるだけだ」


 瞬間、ふわりと体が舞い上がった。


 

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