EP 5
天然エルフのルナお嬢様と、本当にお金が貯まるお買い物術
キュララの配信部屋の大掃除が完了し、爽やかな風が村長公邸の廊下を吹き抜けていた昼下がり。
赤木大地が使い終わった雑巾を中庭の物干し竿に干していると、ふわりと、どこからともなく瑞々しい新緑と百合の花を思わせる甘く清らかな香りが漂ってきた。
「あら……? とても気持ちのよい風が吹いておりますわね。皆様、ごきげんよう♡」
木戸を優雅に押し開けて入ってきたのは、この世の者とは思えないほどの神々しい美貌を誇る少女だった。
風に揺れる絹糸のようなプラチナブロンドの長髪に、透き通るような白磁の肌。頭の両脇からは、上等な銀の刃のように長く繊細な尖り耳がスッと伸びている。身にまとうのは、世界樹の繊維で織られたという豪奢なエルフの礼服だ。
世界樹の森の次期女王候補にして、大自然の精霊に愛されたハイエルフの令嬢――ルナ・シンフォニアその人であった。
「あ、ルナ様……! いらっしゃいませ」
大地が会釈すると、縁側でお茶をすすっていたキャルルの長い白兎の耳が、ピクンッ! と直立した。
キャルルは湯呑みを放り出す勢いで飛び起きると、顔面を蒼白にして大地の手を引っ張った。
「だ、大地さん、逃げて! 目を合わせちゃダメ! 背中を見せてもダメ! あの歩く天災(リアル疫病神)が村長邸に来ちゃったぁぁぁ!!」
「えっ!? て、天災……!?」
「失礼ですわねキャルル様。わたくし、今日はポポロ村の財政破綻の危機を救うため、純粋な善意のボランティアとして馳せ参じましたのよ?」
ルナはおっとりと微笑みながら、小脇に抱えていた竹籠をテーブルの上にことんと置いた。
中に入っていたのは、その辺の道端から拾ってきたと思われる、ゴツゴツとした何の変哲もない茶色い河原の石ころだった。
「キャルル様が前村長の横領でお金に困っているとお聞きしましたので……ほら、わたくしの高位自然錬金魔法で、すべて解決して差し上げますわ♡」
ルナが白い指先を石ころに向け、優雅にパチンと鳴らした。
――キィィィィン!
眩い緑の魔方陣が展開されたかと思うと、ただの石ころが瞬く間に黄金の輝きを放ち、ズッシリと重みのある巨大な『純金のインゴット』へと姿を変えたのだ。
「ひょえぇぇぇぇぇっ!? じ、純金!? 本物のゴールドですわぁぁぁ!!」
廊下の隅から芋ジャージ姿のリーザが野獣の勢いで滑り込んできて、涎を垂らしながら金塊へ抱きつこうとした。
だが、すかさずキャルルがタローマン特注安全靴でリーザの襟首を踏みつけ、ルナに向かって叫んだ。
「だーかーらー! ルナのその錬金術、『三日後に元の石ころに戻る』時限付きの偽金でしょうがぁぁぁ!!」
「ええ、そうですわよ? ですから石に戻る前の最初の二日半のうちに、帝都の銀行や市場で使い切ってしまえば何の問題もありませんわ♡」
「完全なる詐欺罪だよ! ゴルド商会にバレたら村ごと焼き討ちに遭うわ! 絶対に流通させちゃダメ!!」
キャルルの悲鳴のような制止に、ルナは「あら、困りましたわね……」と首を傾げた。
そして、何気ない日常の世間話でもするような軽やかなトーンで、胸元からキラリと光る医療用のミスリル製メスを取り出した。
「でしたら、別のプランがございますわ♡ キャルル様や村の皆様の『健康な腎臓』を半分だけ帝都の闇ギルドに売却して資金を作り、その直後にわたくしの世界樹秘伝の完全治癒魔法で腎臓を再生させれば……永久機関のように無限にゴールドが湧き出しますわよね? さあキャルル様、服をめくって右のお腹をお出しになって♡」
「ヒイイイイッ!? 誰か警察呼んでぇぇぇ! オルウェル内務官でも誰でもいいからこの天然臓器ブローカーを逮捕してぇぇぇ!!」
「ぎゃあああ! 腎臓を取られるなら手羽先天使にしてくださいましぃぃぃ!」
パニックに陥り、リビングを阿鼻叫喚で逃げ回るキャルルとリーザ。
ルナの瞳には一片の悪意も狂気もなく、ただ「困っている友達を助けたい」という百パーセント純粋な善意の光だけが爛々と宿っているのが、何よりも恐ろしかった。
「ルナさん、ストップです! そのメスをしまってください!」
大地の凛とした声が響いた。
大地はそっとキャルルたちの前に立ち塞がり、ルナの目を真っ直ぐに見つめた。
「……大地さん? どうして止められますの? わたくし、村の皆様を助けたいだけなのに……」
不思議そうに小首を傾げるルナに対し、大地は否定から入るのではなく、まずその心根を受け止めるように穏やかに微笑んだ。
「ルナさん、村のみんなを助けようとしてくれたその優しい気持ちは、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「あら……ふふ、分かっていただけて嬉しいですわ」
「でもね、ルナさん。僕の故郷には、昔からこんな言葉があるんです」
大地は背中のリュックから紺色の木綿エプロンを取り出すと、腰の後ろでキュッと固く紐を結んだ。
【ユニークスキル:家庭科 が起動しました】
【家計管理・経済感覚・生活価値分析プロトコルが接続されます】
「『悪銭身につかず』」
「あくせん……みにつかず……?」
「はい。楽をして手に入れたお金や、誰かを騙したり、無理な犠牲を払って得たお金は、どんなに大金であっても泡のように消えてしまい、最後には自分や周りの人を不幸にする、という意味です」
大地はテーブルの上の金塊を優しく指差した。
「お金というものはね、本来『誰かの役に立ったことへの感謝の引換券』なんです。一生懸命畑を耕して美味しい野菜を育てたり、誰かの困りごとを解決した時に、その対価としていただくからこそ、大切に使おうと思えるし、社会全体が豊かに回っていくんです。三日で石に戻る金塊や、命を削るような方法で手に入れたお金は、感謝の引換券ではありません。そんなものが溢れてしまったら、ポポロ村の誰も真面目に働かなくなって、村そのものが崩壊してしまいますよ」
「あ……」
ルナの透き通るような翠色の瞳が、驚きで見開かれた。
生まれてこの方、世界樹の宮殿で何不自由なく育ち、毎月お小遣いとして「純金百キロ」が自動的に送られてくる環境にいたルナにとって、「お金が汗と感謝の結晶である」という視点は、生まれて初めて触れる真理だったのだ。
「わたくし……良かれと思って、村を壊すようなことをしていたのですか……?」
ルナがしゅんと尖った耳を伏せ、メスを握る手を下ろした。
「大丈夫ですよ。失敗に気づけたら、今日から直せばいいんです。ルナさん、村を助けたいなら、偽物の金塊を作るのではなく、僕と一緒に『本当にお金が貯まる、正しいお買い物と暮らしの知恵』を学びませんか?」
「本当にお金が貯まる知恵……? わたくし、知りたいですわ!」
ルナの表情がパッと明るくなった。
「よし! それじゃあ、誰でも今すぐ実践できる『二大・お買い物ルール』を伝授します!」
大地はテーブルにノートと鉛筆を置き、優しく解説を始めた。
「ルールその一は、【買う前に3日間待つ『72時間ルール』】です!」
「三日間、待つ……?」
「はい。お店や通販で素敵な服や家具、美味しそうなものを見た時、人の脳内では興奮物質が出て『今すぐ欲しい!』と心が熱くなってしまいます。でもね、その場の勢いで買った物の半分以上は、後になって『別になくても平気だったな』と後悔することになるんです。だから、どうしても欲しいと思った物に出会ったら、あえてその場で買わずに『三日間だけ時間をおく』んです。三日経ってもまだ『どうしても必要だ!』と心が求めているなら、それは本当に価値のある物。熱が冷めて忘れてしまっていたら、それはただの衝動買いだったということです」
「なるほど……! 衝動の熱を冷まして、本物の必要性を見極めるための冷却期間ですのね!」
ルナが感嘆の声を漏らし、キャルルも「それ、私もバーゲンで靴を買う時に使えばよかったぁ……」と深く頷いた。
「そしてルールその二は、【『値段の安さ』ではなく『何回使うか』の価値で選ぶ】です!」
大地は身振り手振りを交えて続けた。
「特売品や半額シールを見ると、誰でも『安いから得だ!』と思って飛びついてしまいますよね。でも、千円で買った安物の服を『一回しか着ずに捨てた』ら、一回あたりのコストは千円です。逆に、一万円する少し高価で上質なフライパンでも、手入れをして『毎日使って十年間(約三千回)活躍した』なら、一回あたりのコストはたったの三円です。どっちが本当にお得か、一目瞭然でしょう?」
「まあ……! 買う瞬間の値段ではなく、『人生の中で何回使って、どれだけ自分を幸せにしてくれるか』で計算するのですわね!」
「その通りです! 安さだけで選ぶと『安物買いの銭失い』になりますが、使用回数と寿命で考えられるようになると、無駄な買い物が劇的に減って、家の中はお気に入りの大切な物だけになり、自然とお金が残り続けるようになるんです」
ルナは目を輝かせ、胸の前で両手をギュッと握りしめた。
「素晴らしいですわ……! 魔法で金塊を作るよりも、ずっと心が豊かで、誇らしい知恵です!」
「ふふ、それじゃあルナさん。あなたが持ってきてくれたその竹籠、石ころの底に……世界樹の森で採れた新鮮なお野菜や果物が入っていませんか?」
「あら! よくお分かりになりましたわね。石の下に、今朝収穫したばかりの太陽芋と、世界樹のマナを吸った新鮮なカボチャが少しだけ入っておりますの」
「よし、それを使って、お金をかけずにお腹も心も満たされる最高のお昼ご飯を作りましょう!」
大地は厨房へ向かうと、手際よく調理を開始した。
メニューは、ルナが持ってきた採れたてカボチャと太陽芋を使った『黄金のハニー大学芋』、そして村の規格外野菜と卵で作る『シャキシャキ野菜とふんわり卵の中華風炒め』だ。
太陽芋とカボチャを一口大の乱切りにし、少量の油でじっくりと揚げ焼きにする。外側はカリッ、中はホクホクに火が通ったところで油を切り、フライパンに粗糖、醤油草のタレ、そしてほんの少しの酢を煮詰めて飴色のタレを作る。
熱々の芋とカボチャをタレに絡めれば、香ばしい甘辛い香りが一気に立ち上った。
野菜炒めは、強火でサッと炒めて歯ごたえを残し、別皿でふんわり半熟に仕上げた特売卵を最後に戻し入れて優しく合わせる。
「お待たせしました! 素材の価値を活かしきった、大地特製ランチです!」
食堂に運ばれた料理の湯気と照りに、ルナもキャルルも、そして隅っこで正座していたリーザも目を奪われた。
「いただきますわ……!」
ルナが木のスプーンで大学芋を口に運ぶ。
カリッ……と飴が心地よい音を立てて砕け、中からカボチャと太陽芋の濃厚な甘みがトロリと溢れ出した。
「んんっ……! 美味しい……! 外側はパリパリとして香ばしいのに、中は信じられないほど甘くてホクホクですわ! 野菜炒めもお野菜がシャキシャキで、卵が雲のようにふわふわ……! 高価なお肉を使っていないのに、こんなに贅沢で幸せな味がするなんて……!」
「うんうん! これ、いくらでも食べられちゃう!」
「うまい……うまいですわぁぁ! 甘いタレがカボチャの旨味を極限まで引き出していますわぁ!」
キャルルとリーザも無我夢中でスプーンを動かしている。
その時、机の上で起動していたキュララの魔導配信端末が、ピコピコと激しい音を立ててコメントを吸い上げ始めた。
『うわああ! 「72時間ルール」、ソシャゲのガチャ引く前に絶対やるわ!』
『「何回使うかで使用回数コストを割る」……これマジで買い物の基準変わるぞ!』
『安物買いしてすぐ捨ててたの反省した……!』
『エプロン少年の経済学、うちの神殿の財務部より有能なんだが!?』
天界のこたつ部屋では、小豆色のジャージを着た女神ルチアナが、魔導モニターの前でビールの空き缶を握り潰しながら悶絶していた。
「痛い痛い痛い! 耳が痛すぎるわよエプロン少年ぇぇぇ! 深夜に勢いでポチって一回も使ってない超高級魔導美顔器と、腹筋ワンダーコアの悪口はやめなさぁぁぁい! うぅ……今度からカートに入れて三日間放置するわよ! するからその美味そうな大学芋を私にも寄越しなさいよぉぉぉ!!」
ポポロ村の食卓では、すっかり満腹になったルナが、ふわりと穏やかな笑みを浮かべていた。
「大地様。わたくし、決めましたわ」
「えっ、何をですか?」
「わたくし、大地様を世界樹の専属財務官――いいえ、わたくしの生涯のパートナーとしてお迎えしたいですわ♡」
「「だーめーでーすーっっ!!」」
キャルルとリーザが息を合わせて叫び、大地の前に両手を広げて立ちはだかった。
「ルナの突拍子もないプロポーズに大地さんを巻き込ませないんだからね!」
「そうですわ! 大地様はわたくしの専属プロデューサー兼シェフになるお方ですのよ!」
賑やかな少女たちの声と、温かい料理の余韻が、ポポロ村の昼下がりを優しく包み込んでいた。
大地の【家庭科】が、また一つ、暴走しがちな善意を温かく正しい道へと導いていた。
【今日の大地のエプロン手帖】
今日のことわざ・格言
『悪銭身につかず(楽をして手に入れたお金や、誰かを泣かせて得たお金はすぐに消えてしまう。汗を流して誰かの役に立ち、感謝と共にいただくお金こそが、自分と周りを本当に幸せにする)』
今日からできる生活の知恵
【一生お金に困らない「2大・お買い物ルール」】
①72時間(3日間)ルール:欲しい物を見つけてもその場で即決せず、3日間だけカートに入れたまま寝かせる。衝動の興奮が冷めてもまだ必要なら、それは本当に価値のある物。
②使用回数コストの法則:買う時は「値段の安さ」ではなく「何回使って人生を豊かにしてくれるか」で選ぶ。1万円の調理器具でも毎日使えば1回あたり数円になり、安物を買ってすぐ捨てるよりずっとお得になる。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




