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『異世界ポポロ村の家庭科無双!〜読書家の高校生がエプロン一つと身近な格言で、借金女神も魔王も救う人生お役立ち物語〜』  作者: 月神世一


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6/13

EP 6

敏腕商人ニャングルの算盤と、ポポロ村の家計簿診断

 パチパチパチパチパチパチッ――!!

 静かなはずの村長公邸のリビングに、まるで機関銃の掃射のような凄まじい乾いた音が鳴り響いていた。

 黒檀で作られた年季の入った算盤(そろばん)の珠を、目にも留まらぬ神速で弾いているのは、頭にピンと尖った茶トラ柄の猫耳を生やした青年だった。

 大陸最大のメガコングロマリット『ゴルド商会』において、弱冠二十五歳にして国境を越える大口取引を差配する最高位ゴールドランクの商傑――ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長、ニャングルである。

「キャルルぅぅぅ……! お前なぁ、今月の村長邸の収支台帳、いったいどういうつもりなんやコラァッ!!」

 ニャングルは咥えていた真鍮のキセルをガリッと噛み鳴らし、青筋を浮かべて怒鳴り散らした。

「ひゃぅっ!?」

 テーブルの対面に座っていたキャルルは、長い白兎の耳を両手でギュッと押さえ、安全靴のつま先を内股にして縮こまった。

「前村長のタヌキ親父が金庫の金を丸ごと持って高飛びして、村の復興基金が大赤字なんは百歩譲って飲み込もう! だがな、今月の村長邸の生活費! なんで前月比で【マイナス金貨四十枚】も叩き出しとんねん! このままやったら来月にはこの屋敷ごと銀行に差し押さえやぞボケェ!!」

「うぅ……だ、だってぇ……! 西の結界石がひび割れてたから修理代を出したし……お腹を空かせた村の子供たちに飴ちゃんや果物を配ったし……あと、タローマートの特売で人参を二十箱まとめ買いしちゃったり……」

「飴ちゃん配る前に自分とこの台所の火の車を見んかい! お前の命と財布の原価計算はどうなっとるんや! 善意百パーセントで破綻して誰が喜ぶっちゅうねん! 算盤の桁が狂いすぎてこっちの頭まで破裂しそうやわ!」

「ギクッ……! わ、わたくしの今月の家賃免除も……その赤字に含まれてますの……?」

 部屋の隅のみかん箱の上で、小豆色ジャージ姿のリーザがガタガタと震えながら小石をポロポロ落とした。

「キュララはちゃんとルナPayで住民税払ってるよ〜? キャルルちゃんファイト〜」

 ソファで高級イチゴを摘まみながら魔導タブレットをいじる天使キュララは、完全に他人事の優雅さである。

「はぁぁ……胃が痛い。なんでウチが帝都本店の栄転を蹴ってまで、こんな限界集落の赤字尻拭いをせなあかんのや……」

 キセルの煙を深く吐き出し、頭を抱えるニャングル。口は悪く冷徹な拝金主義者を気取っているが、その実、幼馴染であるキャルルの無償の自己犠牲を見捨てられず、自ら志願してこの村へやってきた重度の情義漢なのだ。

 そこへ、奥の台所からお茶を淹れた湯呑みを乗せたお盆を運び、赤木大地が静かに足を踏み入れた。

「ニャングルさん、温かい陽薬茶をどうぞ。少し落ち着いてください」

「……あん? お前が噂の居候少年か。お茶はもらうがな、今ウチはこいつの狂った金銭感覚を叩き直すのに忙しいんや」

「ニャングルさん、その帳簿とレシートの山、僕にも見せてもらえませんか?」

 大地はテーブルに広げられた領収書の束と、キャルルが書きなぐった乱雑なメモ帳に目を落とした。

 そして、デイパックから取り出した紺色の木綿エプロンを広げると、腰の後ろでキュッと固く紐を結んだ。

【ユニークスキル:家庭科 が起動しました】

【家計管理・支出分析・生活動線最適化プロトコルが接続されます】

 大地の瞳に、紙片に散らばる数字の羅列が立体的なグラフとなって浮かび上がった。

 大地は静かに息を吐き、キャルルとニャングルの顔を交互に見つめた。

「キャルルさん、ニャングルさん。僕の故郷には、昔からこんな言葉があるんです」

「『塵も積もれば山となる』」

「そして、アメリカの偉人フランクリンが遺した言葉――『小さな穴が、大きな船を沈める』です」

「ちりもつもれば……ちいさなあな……?」

 キャルルが兎耳をピクッと動かした。

「はい。人は家を買ったり、高価な魔導具を買うような『大きな買い物』をする時は、誰もが慎重に悩み、財布の紐を固く締めます。でもね、家計を破綻させる本当の原因は、そういう大きな出費じゃないことが多いんです。道端で何となく買った数十円のお菓子、喉が渇いたからと毎日買ってしまうジュース、特売だからと使い道も決めずに買い込んだ野菜……そうした『意識すらしていない小さな無駄遣い(使途不明金)』という小石が積み重なり、巨大な赤字の山を作ってしまうんです」

 大地はキャルルのメモ帳の数箇所を指差した。

「ほら、見てください。『人参二十箱』は腐らせて半分捨ててしまっていますし、移動のたびに買っているコンビニの菓子パン代、用途不明の雑費……これらを合計するだけで、今月の赤字の半分以上を占めていますよ」

「うぐっ……! み、耳が痛い……!」

 キャルルが顔を押さえて悶絶する。

「ケッ、正論やな」

 ニャングルが算盤をペチリと叩いた。

「言われんでも分かっとるわ。要は毎日1円単位でレシートを記録して、帳簿をつけろっちゅうこやろ? だがな大地、この単細胞ウサギにそんな几帳面な作業ができるわけないやろ! 三日で放り投げて余計に帳簿がグチャグチャになるのがオチや!」

「いいえ、ニャングルさん。毎日細かく家計簿をつける必要なんて、まったくありません」

「……はあぁ!? 帳簿をつけんでどうやって家計を立て直すっちゅうねん!」

 ニャングルが猫耳を逆立てて身を乗り出した。

「家計管理が苦手な人が絶対にやってはいけないのが、『毎日すべてのレシートを完璧に記録しようとすること』なんです。真面目な人ほど細かくやろうとして挫折し、自己嫌悪に陥って投げ出してしまう。だから、記録なんてしなくていいんです。『使う前に、出口を物理的に分けておく』だけでいいんですよ」

 大地はエプロンのポケットから、白無地の三枚の封筒を取り出し、テーブルの上に並べた。

「これぞ、誰でも絶対に失敗しない【3つの袋分け家計術】です!」

「ふくろわけ……?」

 キャルルとニャングル、そして興味津々で覗き込んできたリーザが目を丸くする。

「ルールは驚くほどシンプルです。お給料や村の予算が入ったら、その瞬間に現金をこの3つの袋に分けて入れてしまうんです」

 大地はペンを取り、それぞれの封筒に大きな文字を書き込んだ。

「1つ目の袋は【固定生活費】。

 家賃、光熱費、絶対に削れない基本の食費など、生きるために必ず出ていくお金です。ここは口座引き落としや定額でキープし、絶対に手をつけません。

 2つ目の袋は【自由に使える予備費・お小遣い】。

 おやつ代、村人へのちょっとした差し入れ、外食や娯楽など、気分で使っていいお金です。今月使っていい上限をここに入れておき、『買い物の時はこの袋の中にある現金だけで支払う』と決めます。袋が空っぽになったら、その月はおしまい。我慢するか、来月まで待ちます。

 そして3つ目の袋が、一番大切な【先取り貯金】です!

 お金が余ったら貯金しようとしても、人間は手元にお金があればあるだけ使ってしまう生き物です。だから、最初から収入の1割――例えば手取り十万円なら一万円を、この袋に入れて別の場所に封印してしまうんです」

「な……なるほど……!」

 キャルルの長い耳がピンと直立した。

「最初に分けておけば、毎日ノートに計算を書かなくても、『今月使っていいお金』が袋の中を見れば一目で分かるんだ……! お小遣いの袋が軽くなってきたら、『あ、今週は飴ちゃん配るのを控えよう』って自然にブレーキがかかる!」

「その通りです! 使った後に反省するのではなく、『使う前に枠を決めておく』。これなら計算が苦手でも、絶対に予算オーバーしません」

「……チッ、やりおるわ」

 ニャングルはキセルを置き、腕を組んで唸った。

「入口で3つに仕分けして、出口を物理的に制限するわけか……。確かにこれなら、帳簿をつける知能のないアホでも破綻のしようがない。……せやけど大地、固定生活費そのものを圧縮せんと、前村長が残した負債の返済までは追いつかへんぞ?」

「ふふ、そこは僕の本領発揮です。ニャングルさん、村長邸の倉庫に、あなたが『売り物にならない』と困っていた規格外の食材が眠っていませんでしたか?」

「あん? ああ……軸が太すぎて市場で買い手がつかん『規格外の肉椎茸』と、豆腐を作った後に出る『大豆の搾りかす(おから)』、それに割れた太陽芋なら山ほどあるが……あんなもんゴミ同然やぞ?」

「ゴミだなんてとんでもない! 最高の極上食材ですよ! 台所をお借りしますね!」

 大地はエプロンの袖をまくり、厨房へと駆け込んだ。

 今日大地が作るのは、食費を極限まで抑えながら、誰もが大満足できるボリュームと滋養を誇る究極の節約メニュー――

 『肉椎茸とおからの黄金ふっくらハンバーグ』と、『ポポロ根菜の具だくさん粕汁風スープ』だ!

 まず、大地はシープピッグのひき肉をボウルに入れるが、その量は通常の三人分の半分以下。

 そこに、細かくみじん切りにした肉椎茸の軸と、軽く空煎りして水分を飛ばした大豆のおからを、肉と同量投入する。

(おからはお肉の良質な脂と旨味をスポンジのように吸い込んで、ふっくらとジューシーに膨らんでくれる。さらに肉椎茸の軸はグアニル酸という強力な出汁の塊だ。これを合わせることで、安物のひき肉が高級牛のような奥深いコクに化けるんだ!)

 玉ねぎを透き通るまで炒めて冷まし、村の特売卵と少量の塩、コショウを加えて粘りが出るまで手早く捏ねる。

 両手でキャッチボールをするように空気を抜き、小判型に成形したら、中央を指で軽く凹ませてフライパンへ。

 ――ジュウゥゥゥゥッッ!!

 香ばしい肉の香りと、椎茸の濃厚な芳香が一気に立ち上る。

 強火で両面に焼き色をつけたら、酒を回し入れて蓋をし、弱火でじっくりと蒸し焼きにする。

 フライパンの隙間で、醤油草のタレ、粗糖、みりん代わりの甘酒を煮詰め、照り焼きソースを絡めれば完成だ。

 さらに隣の鍋では、割れた太陽芋、月見大根の皮、ネギの青い部分を炒め、出汁と味噌、そして隠し味にほんの少しの酒粕を溶かし込んだ熱々の粕汁風スープが湯気を立てていた。

「お待たせしました! 大地の特製・満腹かさ増しハンバーグ定食です!」

 リビングのテーブルに運ばれた大皿には、ふっくらと見事に膨らみ、ツヤツヤの照り焼きタレをまとった特大ハンバーグが鎮座していた。箸を入れた瞬間、肉汁がジュワァッ! と泉のように溢れ出す。

「う、うわぁぁぁっ! 美味しそう〜〜っ!」

「これが……タダ同然のおからとキノコの軸ですの……!? 信じられませんわ!」

 キャルルとリーザが目を輝かせる中、ニャングルは半信半疑のまま箸を伸ばし、一口大に切ったハンバーグを口に放り込んだ。

「……モグ…………ん、んんんっ!?」

 ニャングルの茶トラの猫耳が、ビクゥッ! と跳ね上がった。

「な、なんやこれぇぇぇ!? 口当たりが信じられんほどフワッフワで柔らかいのに、噛むたびに肉椎茸の濃厚な出汁と脂の旨味がブワッと溢れてくる……! おからのパサつきなんて微塵もあらへん! むしろ脂っこさを綺麗に中和して、いくらでも胃袋に入っていくやないか! スープも根菜の甘みと酒粕のコクで身体の芯から温まる……!」

「美味しい……! 大地さん、これ本当にお肉が半分しか入ってないの!? 普通のお肉ハンバーグよりずっとジューシーで美味しいよぉ!」

 キャルルも頬をリスのように膨らませて夢中でご飯をかき込む。

「うまい……うまいですわぁぁ! この照り焼きダレだけでサンライスが三杯はいけますわぁ!」

 リーザも涙を流しながら貪り食っている。

「原価は……通常の一人前の三分の一以下や……」

 ニャングルは震える手で算盤を弾き、呆然と呟いた。

「廃棄寸前の端材を活用して食費を七割カットしつつ、満足度は高級料亭並み……。これなら、さっきの【袋分け家計術】と合わせれば……月長邸の赤字どころか、半年で復興基金の黒字化すら見えてくるやないか……! 狂った算盤の辻褄が、完璧に合いよった……!」

 その時、机の上で神界と繋がっていたキュララの魔導端末が、ピコピコと歓声を上げ始めた。

『うおおおお! 「袋分け家計術」、給料日に速攻でやるわ!』

『毎日家計簿つけて挫折してた理由が完全に分かった……!』

『おからハンバーグ、安くてヘルシーで最高じゃん! 今夜の晩飯これにする!』

『神界の財務省より有能なエプロン高校生、マジで何者なんだよwww』

 天界のこたつ部屋では、小豆色ジャージの女神ルチアナが、散らばったレシートと空のビール缶の前で頭を抱えて絶叫していた。

「痛い痛い痛い! 『小さな穴が大きな船を沈める』って私のことじゃないのよぉぉぉ! 毎日コンビニで買ってたから揚げクンと限定エナジードリンクのせいでリボ払いが膨らんでたのねぇぇぇ! うぅ……今すぐ百均で封筒買ってきて『月人君の推し活費』と『生活費』を袋分けするわよ! するからその美味そうなハンバーグを天界にもウーバーしなさぁぁぁい!!」

 食器を綺麗に平らげたニャングルは、ふぅーっと満足そうに息を吐き出すと、キセルを仕舞って大地に向き直った。

 その鋭い金色の瞳には、先ほどまでの警戒や侮りは微塵もなく、一人の商傑として大地を認める深い敬意が宿っていた。

「……赤木大地。お前、ただの高校生やないな。ウチのゴルドスマイル銀行の財務顧問として今すぐ引き抜きたいくらいやわ」

「あはは、僕はただ、お母さんや本から教わった知恵を試しているだけですよ」

 大地が照れくさそうに笑うと、キャルルがすかさず二人の間に割って入った。

「だーめー! 大地さんはポポロ村の大切な生活顧問なんだから、ニャングルに引き抜かせたりしないんだからね!」

「ケッ、誰が奪うかアホウサギ。……ま、これでこの村が夜逃げせずに済む道筋は見えたわ。大地、これからもキャルルの手綱をしっかり握っといてやってくれや」

 ニャングルは口角をフッと上げ、どこか嬉しそうに席を立った。

 小さな封筒と知恵の詰まった食卓が、崩壊しかけていた限界集落の未来を、確かに照らし始めていた。

【今日の大地のエプロン手帖】

今日のことわざ・格言

『塵も積もれば山となる/小さな穴が大きな船を沈める(日々の何気ない小さなお金の無駄遣いが、気づかないうちに生活を沈めてしまう。小さな出費にこそ意識を向けよう)』

今日からできる生活の知恵

【絶対に挫折しない「3つの袋分け家計術」】

①固定生活費:家賃や光熱費など、生きるのに絶対必要な支出。

②予備費・お小遣い:交際費や娯楽、ちょっとした買い物。この袋の現金がなくなったらその月は我慢!

③先取り貯金:給料日にまず収入の1割を別口座(または別の袋)に隔離して絶対に手をつけない。記録をつけなくても自然にお金が残り続けます。

読んでいただきありがとうございます。

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