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『異世界ポポロ村の家庭科無双!〜読書家の高校生がエプロン一つと身近な格言で、借金女神も魔王も救う人生お役立ち物語〜』  作者: 月神世一


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EP 2

エプロンを結べば【家庭科】発動!泣き止む魔法の肉じゃが

 荒野の乾いた風が吹き抜ける中、キャルル・ムーンハートの盛大なお腹の虫の音が響き渡った。

 真っ赤になったキャルルは、長い白兎の耳を両手でぺたんと伏せ、安全靴のつま先をもじもじと赤土に擦りつけている。

「うぅ……恥ずかしい……。村長なのに、初対面の旅人さんの前でお腹を鳴らしちゃうなんて……」

「あはは、気にしないでください。それだけ村のために走り回っていた証拠ですよ」

 赤木大地は優しく微笑み、助け出した犬耳の男の子――コタの手を握り直した。

 コタはまだ鼻をすすりながらも、大地のズボンの裾をぎゅっと掴んで離そうとしない。

「お兄ちゃん、お腹すいたぁ……。山賊のおじちゃんたちに、お母ちゃんがくれたパンも全部取られちゃったんだ……」

「そうだったんだね。よし、村長さん、案内してもらえますか? 僕でよければ、みんなの分のご飯を作りますから」

「えっ、大地さんが……!? だ、だけど、大地さんは旅の途中で巻き込まれた客人なのに、そんなの申し訳ないよ……!」

「いえ、僕も自分のお腹がペコペコなんです。それに、美味しいご飯を一緒に食べたほうが、これからの話もしやすいでしょう?」

 大地が屈託のない笑顔を向けると、キャルルは胸元を押さえ、大きな瞳を潤ませながら「ありがとう……!」と深々と頭を下げた。

 案内されたポポロ村は、一言で言えば「満身創痍の限界集落」だった。

 大陸の中央に位置する緩衝地帯ということもあり、街道沿いには壊れた木造の民家や、焦げ跡の残る柵が痛々しく並んでいる。すれ違う村人たちの表情は暗く、誰もが怯えたように肩をすくめていた。

「……ひどい有様でしょう?」

 村の中央にある村長公邸――といっても、少し大きめの木造平屋建ての建物の前で、キャルルが自嘲気味に眉を下げた。

「前の村長のロップっていうタヌキ親父がね、ゲートボール大会で知り合った魔族の未亡人と意気投合して、村の復興基金の金庫を丸ごと抱えて雲隠れしちゃったの」

「ええっ……横領して夜逃げ、ですか……!?」

「そうなの。村の治安維持費がゼロになっちゃったせいで、さっきみたいな山賊たちが勝手に『暴行しない券』なんていう悪質なみかじめ料のサブスクを押し付けてくるようになって……。私が冒険者ギルドの地域応援隊として派遣されてきた矢先の出来事で、責任を取る大人が誰もいなくなっちゃったから、私が村長を引き受けることになったんだ」

 キャルルはそう言って胸を張ろうとしたが、足元がふらりと揺れた。

 慌てて大地がその肩を支える。触れた肩は驚くほど細く、服の下からは疲労の色がはっきりと伝わってきた。

「キャルルさん、大丈夫ですか!?」

「へ、平気平気……! ちょっと立ちくらみがしただけ。朝から村の結界の修繕をして、お腹を空かせた子供たちに手持ちの携帯食を全部配っちゃったから……少しエネルギーが切れちゃったみたいで……へへ」

 無理をして笑うキャルルの顔を見て、大地の胸がズキリと痛んだ。

 自分のことなど後回しにして、誰かのためにボロボロになるまで尽くしてしまう性格なのだろう。泥だらけの安全靴が、彼女の走ってきた過酷な道のりを無言で物語っていた。

「……無理は絶対に駄目です。村長邸の台所、使わせてもらいますね」

「う、うん……! あっちの奥にあるよ。でも、大した食材は残ってないかも……」

 大地はキャルルを食堂の木製ベンチに座らせ、コタにコップ一杯の白湯を渡してから、奥の厨房へと足を踏み入れた。

 厨房は広かったが、がらんとしていた。

 木箱の中を改めると、赤茶色のゴツゴツとした大ぶりの芋、筋の通った立派な玉ねぎ、そして異世界特有の食材――傘が異常なほど肉厚で、まるで上質な牛肉のようなサシが入った「肉椎茸(にくしいたけ)」がいくつか転がっていた。さらに、魔法式の保冷箱の中には、薄切りにされた豚肉に似た「シープピッグ」の端肉が少しだけ残されている。調味料棚には、奇跡的に醤油草から作られた茶色い液体調味料と、砂糖黍に似た植物の粗糖、そして料理用の清酒があった。

「よし……これだけあれば、絶対に作れる」

 大地はデイパックの底から、綺麗にアイロンがけされた紺色の木綿エプロンを取り出した。

 それは、実家を出る時に母親が持たせてくれた、家庭科の授業でも愛用していた大切な相棒だ。

 ――キュッ。

 腰の後ろでエプロンの紐を固く結んだ、その瞬間だった。

 大地の視界に、淡い金色の文字がふわりと浮かび上がった。

【ユニークスキル:家庭科 が起動しました】

【調理技能・食材鑑別・栄養分析・生活環境最適化のプロトコルが接続されます】

(えっ……? これって、ゲームの画面……!?)

 驚く大地だったが、不思議とパニックにはならなかった。

 頭の中に、目の前の食材の水分量、繊維の向き、火の通りやすさ、そして最適な下処理のプロセスが、まるで長年連れ添った教科書のようにスルスルと沁み渡ってきたのだ。

 厨房の戸口から、キャルルが心配そうに顔を覗かせた。

「大地さん……本当に私が手伝わなくて平気? 村長として、お客様に料理を押し付けるなんて……」

 大地は振り返り、優しく首を横に振った。

「キャルルさん。昔から日本――僕の故郷にはね、こんな言葉があるんです」

 大地は包丁をまな板の上に構え、穏やかな声で告げた。

「『腹が減っては戦はできぬ』」

「はらがへっては……いくさはできぬ……?」

「はい。どんなに立派な志があっても、どんなに強い武器を持っていても、お腹が空いていては良い知恵も浮かばないし、いざという時に大切な人を守る力も湧きません。自分を犠牲にして倒れてしまったら、キャルルさんを信じて頼っている村のみんなが、もっと悲しむことになります。だから今は、村長としての義務も責任も全部忘れて、ただ『お腹を空かせた一人の女の子』に戻って、待っていてください」

「あ……」

 キャルルは目を見張り、ポロリと一筋の涙を頬にこぼした。

 村長という重圧を背負わされ、誰にも弱音を吐けずに張り詰めていた彼女の心が、大地の温かい言葉によって、ふっと解きほぐされた瞬間だった。

「……うん。ありがとう、大地さん」

 キャルルは素直に頷き、椅子へと戻っていった。

「よし、腕を振るうぞ」

 大地はトントンと軽快なリズムで包丁を動かし始めた。

 作るメニューは、日本の家庭料理の王道中の王道――『肉じゃが』だ。

 まずは、ゴツゴツとした太陽芋の皮を剥く。【家庭科】スキルの補正か、大地の指先は淀みなく動き、包丁の刃先が正確に皮だけを削ぎ落としていく。

 ここで大地は、家庭科の教科書と母の教えを忠実に実践した。

 大きめの乱切りにした芋の角を、包丁で薄く削り取る――「面取り」の作業だ。

(角を丸く削っておくだけで、鍋の中で芋同士がぶつかり合っても、角が削れて煮汁が濁ったり、ボロボロに煮崩れたりするのを防ぐことができるんだ)

 玉ねぎは繊維に沿って大きめのくし形切りにし、肉厚の肉椎茸は贅沢に一口大のそぎ切りにする。

 鉄鍋を火にかけ、少量の油を引く。

 まずは薄切りのシープピッグ肉と玉ねぎを炒める。ジュウウゥッ! と心地よい音と共に、香ばしい肉の脂の香りが立ち上った。

 肉の色が変わったところで、面取りした太陽芋と肉椎茸を投入する。

(ここで具材全体に油をしっかり回すのが大事だ。油で野菜の表面をコーティングすると、旨味が外に逃げず、煮崩れも防げてコクが出る)

 全体に油が馴染んだところで、水をひたひたに注ぎ、料理酒を加える。

 沸騰すると同時に浮き上がってくる灰汁(あく)を、お玉で丁寧にすくい取る。雑味を徹底的に取り除くこの一手間が、澄んだ深い味わいを生むのだ。

 そして、調味料の投入。

 基本の合言葉は「さ・し・す・せ・そ」。

 大地はまず、粗糖を先に入れた。

(砂糖は分子が大きいから、後から入れると中まで甘みが入りにくい。塩や醤油より先に砂糖を入れて煮込むことで、芋の芯まで甘みがしっかり染み渡るんだ)

 落とし蓋をして弱火でコトコトと煮込むこと十分。

 芋に竹串がスッと通る柔らかさになったところで、最後に醤油を回し入れた。

 醤油の持つ芳醇な香りと、肉椎茸から溢れ出た濃厚なアミノ酸の出汁が混ざり合い、台所中がたまらなく食欲をそそる甘辛い香りに包まれる。

 食堂の方から、クンクンと鼻を鳴らすキャルルとコタの気配がした。

「わぁ……! すっごく良い匂いがする……!」

「お腹がもっと鳴っちゃうよぉ!」

 だが、大地はここで火を止め、鍋をコンロから下ろした。

(ここが、一番大切なポイントだ)

 煮物は、グラグラと加熱している最中には具材の中に味が染み込まない。

 熱によって膨張した食材の細胞が、「冷めていく過程」でキュッと収縮し、その時に周囲の煮汁を中心部までグングンと吸い込むのだ。

 この「温度差の料理術」を知っているかどうかで、煮物の味の染み方は劇的に変わる。

 大地は鍋を濡れ布巾の上に置き、十分間ほど自然に冷まして味を芯まで馴染ませた。

 その間に、村の隠田で収穫されたという「サンライス」を土鍋でふっくらと炊き上げる。

 十分に味が染み込んだところで、食べる直前に鍋をもう一度だけ強火にかけ、煮汁を軽く煮詰めて照りを出す。

 飴色に輝く太陽芋、出汁をたっぷり吸い込んだ肉椎茸、柔らかく煮込まれたお肉。

 大地はそれらを深皿に山盛りに盛り付け、炊きたてのツヤツヤなご飯を添えて食堂へと運んだ。

「お待たせしました! 大地の特製、あったか肉じゃが定食です!」

 ドサッとテーブルに置かれた湯気立つ大皿に、キャルルとコタの目がまん丸になった。

「す、すごい……! お芋が全然崩れてないのに、中まで深い茶色に染まってる……!」

「お肉もキノコもツヤツヤだぁ……!」

「さあ、冷めないうちにどうぞ。いただきますをしてから食べてくださいね」

「「い、いただきますっ!」」

 キャルルは木のスプーンを震わせながら、一口大の太陽芋を口へと運んだ。

 ハフッ、ハフッと息を吐きながら咀嚼した瞬間――。

「んんんんっっっ……!!」

 キャルルの長い白兎の耳が、ビシィッ! と音を立てて天に向かって直立した。

「な、なにこれ……!? お芋がホクホクなのに、噛んだ瞬間に中からじゅわぁ〜ってお出汁と甘辛い煮汁が溢れてくる……! お肉のコクと、この肉椎茸の旨味が合わさって、信じられないくらい奥深い味になってるよぉ……!」

「おいひい……! お兄ちゃん、これすっごく美味しいよぉ!」

 コタも小さな口いっぱいに芋とお肉を頬張り、両手でご飯をかき込んでいる。

 さっきまで恐怖で涙で濡れていた子供の顔に、満開の笑顔が戻っていた。

「美味しい……本当に、美味しい……」

 キャルルはスプーンを止めず、夢中になって肉じゃがを口に運び続けた。

 空っぽだった胃袋に、温かくて滋味あふれる料理がじんわりと染み渡っていく。身体の奥底からポカポカと体温が蘇り、すり減っていた気力と体力がみるみるうちに満たされていくのが分かった。

「ふふ、良かったです。おかわりもたくさんありますからね」

 大地が微笑みながらサンライスをよそってやると、キャルルは綺麗に皿を平らげ、幸せそうに息を吐き出した。

「はぁぁ……生き返ったぁ……。こんなに温かくて美味しいご飯を食べたの、いつ以来だろう……」

「お腹がいっぱいになると、少し前向きになれるでしょう?」

「うん……! 本当にそう。さっきまで『もうこの村はおしまいかもしれない』って真っ暗な気持ちになってたのに、今は『よし、明日も頑張って畑を直そう!』って勇気が湧いてきたよ」

 キャルルの瞳には、先ほどまでの怯えや疲労の色は消え、前をしっかりと見据える強い光が灯っていた。

 その時――天界の神殿の片隅、こたつが置かれた散らかり放題の部屋で、小豆色のジャージを着た女神ルチアナが、魔導モニターにかぶりつきながらゴクリと喉を鳴らしていた。

「な、何よあの美味そうな煮物は……! 私の下界観測モニターに飯テロ映すんじゃないわよ! あーもう、カップ麺の汁じゃなくてあのお芋とお肉が食べたいぃぃぃ……!」

 神々の視線を集め始めていることなど露知らず、大地は満足そうに微笑みながら、空になった皿を片付け始めた。

 ポポロ村の小さな台所から、暮らしを整える大地の歩みは、確実に一歩を踏み出していた。

【今日の大地のエプロン手帖】

今日のことわざ・格言

『腹が減っては戦はできぬ(空腹のままでは良い知恵も勇気も出ない。まずはしっかり食べて心と体に力を満たすことが、どんな課題を解決するにも一番の基本である)』

今日からできる生活の知恵

【煮物の味が2倍染み込む「温度差」の法則】:煮物はグラグラ煮ている時ではなく、火を止めて「冷めていく過程」で具材の細胞が収縮し、味が中心まで染み込みます。食べる15分前に一度火を止め、食べる直前に温め直すだけで、プロのような奥深い味に仕上がります。

読んでいただきありがとうございます。

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