↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界オネエ転生』 ~元新宿三丁目ママ、無敵チートで最強受付嬢になり気ままに無双します~  作者: 雛森リコ
転生オネエさん、最強受付嬢になる。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/21

第五章 最強受付嬢、魔族を拾う⑤

――深夜。


 王都の一角に、月明かりを浴びた大きな屋敷が建っていた。


 高い塀に囲まれた敷地。正門の両脇には武装した男たちが立ち、窓からは最低限の明かりが漏れている。


 表向きは裕福な商人の邸宅。しかし、その地下には人々を閉じ込めた牢があり、裏口からは人目を避けるように荷車が出入りしていた。


 その屋敷を、四人の人影が少し離れた場所から見つめていた。


「……ここが、例の屋敷ですね」


 ティアナは騎士団服の襟元を整え、腰の剣を確かめた。


 先ほどまで身にまとっていた可愛らしい服装から、今は着慣れた騎士の姿へと戻っている。金色の髪を後ろでまとめ、青い瞳にはいつもの凛とした光が宿っていた。


「みなさん、準備はよろしいですか?」


 マリアは黒いドレスの裾を軽く整え、屋敷を見上げた。


「ええ。人を攫って、売り買いして……。まったく、どんな育ち方をしたら、そんなことができるのかしらね。これは、たっぷりお説教してあげないと!」


「私も準備はできています!」


 ルナが一歩前に出た。


 銀灰色の髪の間から伸びた獣耳が、ぴくりと動く。彼女はマリアの隣に立ち、静かに屋敷を見つめていた。


「ありがとう、ルナちゃん。頼りにしてるわよ」


「はい、ママ!」


 褒められたルナの尻尾が、嬉しそうに揺れた。


 その隣で、魔王は屋敷を冷ややかに見据えていた。


「人間の中にも、ここまで腐った者がいるのだな。力の弱い者を食い物にするとは……」


 普段は落ち着いた彼女の声に、珍しく怒りがにじんでいた。


 かつて人間との和平を望み、自ら民を率いて旅をしていた彼女にとって、この光景は到底許せるものではなかった。


「魔王様、今は怒りを抑えてください。まずは、捕らわれている方々の救出を優先します」


 ティアナが静かに告げる。


「分かっている。だが、あの商人だけは許せぬな」


「そのためにも、まずは屋敷を制圧しましょう」


 ティアナは剣の柄に手を添えた。


「私が前に出ます。ルナも、お願いできますか?」


「――はい。お任せください」


 ルナはマリアを一瞥し、その笑顔を確認すると、短くうなずいた。


「魔王様は、魔術で敵の動きを封じていただけますか?」


「うむ。任せよ」


「それじゃ、行きましょうか!」


「えっ!? ちょ、ちょっとマリア様!?」


 ティアナの制止もむなしく、マリアは胸を張り、正門へ向かって歩き出した。


 堂々と。


 まるで、最初から作戦の確認などする気がなかったかのように。


 あまりにも堂々と。


「お、おい! 止まれ!」


 門番の男たちが慌てて立ちはだかった。


「ここがどこだか分かっているのか! お引き取り願おう!」


「あら、ずいぶん偉そうねぇ。ちょっとお話ししたいだけじゃない」


「話だと? ふざけるな! ここは大商人である旦那様の屋敷だぞ!」


「だったら、その旦那様に会わせてちょうだい」


「貴様……!」


 男が剣を抜いた。


「痛い目を見たくなければ――!」


 振り下ろされた剣が、マリアの肩に直撃した。


 ガキィンッ!


「……は?」


 金属音が響き、男の手から剣が弾かれた。


 刃は無残にも折れ、破片が夜の地面に散らばる。


 マリアは肩を押さえ、きょとんと首を傾げた。


「ちょっとぉ! いきなり何すんのよ! お洋服に傷がついたら、どうしてくれるの!」


「な、なんだ……今の……」


「ま、待て! 今度は俺が――!」


 別の男が槍を突き出す。


 穂先はマリアの腹部に直撃したものの、金属音とともにへし曲がった。


 マリアは自分のドレスを見下ろす。


「……うん。無事ね。よかったぁ」


「よくねえよ!」


 男が思わず叫んだ。


「な、なんなんだお前は! 化け物か!?」


「失礼ねぇ。どこからどう見てもレディでしょ?」


 マリアが頬を膨らませた、そのとき。


 背後から銀灰色の影が飛び出した。


「ママに手を出しましたね」


 ルナの声が、すっと低くなった。


 先ほどまでの柔らかな表情は消えている。獣耳がぴんと立ち、エメラルドの瞳が鋭く細められた。


「な、なんだ、この娘……!」


 男が剣を拾おうとした瞬間、ルナの拳がその腹部にめり込んだ。


「ぐふっ!?」


 男の身体がくの字に折れ、膝から崩れ落ちる。


 ルナは倒れる男を一瞥すると、すぐに次の相手へ向き直った。


「お、おい! ふざけるな!」


 仲間の男が剣を抜こうとする。だが、ルナは瞬時に懐へ踏み込んだ。


 拳が顔面を捉える。


「ぶべっ!」


 男は声を上げる間もなく、その場に倒れた。


 さらに背後から襲いかかろうとした男には、振り返りざまの一撃。


「ぐはっ!」


 また一人、地面に沈む。


 銀灰色の髪が夜風に揺れた。


「ママに手を出すのは、やめてください」


 口調はどこまでも丁寧。


 しかし、その表情から笑顔は消え、静かな怒りがにじんでいた。


 拳を受けた男たちは、そろって一撃で戦闘不能になっている。


「な、なんなんだ、この娘は……!」


「応援だ! 応援を呼べ!」


 残った門番たちの顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。


 その隙を逃さず、ティアナが前へ出た。


「武器を捨てなさい! 抵抗しなければ、手荒な真似はしません!」


「このアマっ!」


 男が剣を振り下ろす。


 ティアナはその一撃を受け流し、剣の柄で相手の手首を打った。武器が落ちた瞬間、後頭部を殴打し、意識を奪い地面へ投げ出す。


 騎士として鍛え上げられた技術は、相手を殺さず制圧するためにも十分なものだった。


「くそっ! たった四人に何を手間取っている!」


「そこの大男を狙え! あいつは武器も持っていないぞ!」


 男たちの視線が、再びマリアへと集まった。


「誰が大男よ! レディでしょ!」


 マリアの怒声が、夜の屋敷に響き渡る。


 そして、また一人が剣を振り下ろした。


 ガキンッ!


「ぐあっ!?」


 折れた剣を見て、男が尻もちをつく。


「ちょっと! 武器を大事にしなさいよ! そんな簡単に折ったら、もったいないでしょうが!」


「お前のせいだろうが!」


「人のせいにしないの!」


 マリアがぴしゃりと言い返した。


 魔王はその様子を横目に見ながら、深々とため息をつく。


「……敵に同情したくなる光景じゃな」


「魔王様、感心している場合ではありません」


「分かっておる。行くぞ」


 魔王が手を掲げると、屋敷の窓から逃げ出そうとしていた男たちの足元に、淡い魔法陣が広がった。


「なっ、足が……!」


「無詠唱魔術だと!?」


「逃げようとしても無駄じゃ。大人しくしておれ」


 次の瞬間、男たちの足首に霜が絡みついた。


 たちまち氷が広がり、彼らの下半身を覆い尽くす。


 身動きが取れなくなった男たちは、逃げることもできず、その場で立ち尽くすしかなかった。


 こうして、屋敷の正門はあっという間に制圧された。


 もっとも、その間もマリアだけは、折れた剣や曲がった槍を見て、


「武器の手入れがなってないわねぇ……」


 などと、小言を続けていたのだが。


     ◇


 屋敷の中へ踏み込んだ一行を待っていたのは、さらなる敵だった。


「侵入者だ! 全員、叩き潰せ!」


「門の連中はやられたらしい! 用心しろ!」


 廊下の奥から、武装した男たちが次々と現れる。


 傭兵崩れに、冒険者らしき者たち。鎧や装備はまちまちだが、いずれも戦い慣れた動きをしていた。


「思った以上に人数が多いですね……!」


 ティアナは剣を構え直す。


「この屋敷に、これほどの戦力を集めていたとはな」


 魔王が眉をひそめた。


「きっと、捕まえた人たちを逃がさないために雇っていたんでしょうねぇ。まったく、お金の使い方が間違ってるわ!」


 マリアは呆れたように肩をすくめた。


「全員、無力化します!」


 ティアナが駆け出す。


 ルナも、すぐさまその後に続いた。


 ティアナは正面から迫る敵の攻撃を受け流し、相手の剣を弾く。武器を失った男の足元を払うと、別の敵が彼女へ斬りかかった。


 身をひねって攻撃をかわし、剣の柄で相手の顎を打ち据える。


「ぐっ……!」


 男がよろめいたところへ、ルナが踏み込んだ。


 腹部へ一撃。


 男はそのまま床に崩れ落ちた。


 続いて、別の敵がルナへ向かって棍棒を振り下ろす。


 ルナは半歩横へずれ、相手の顔面へ拳を叩き込んだ。


「がっ!」


 その男も、一撃で沈む。


 ルナは余計な言葉を発することなく、次の敵へと向き直った。


 マリアを守るために。


 そして、任された役目を果たすために。


「動くな。まぁ抵抗する事も出来ぬだろうがな」


 魔王の声とともに、床から光の帯が伸びた。


 男たちの腕や足に絡みつき、その動きを封じていく。


 ティアナとルナが前衛で敵を制圧し、魔王が魔術で逃げ道を塞ぐ。


 三人の連携に無駄はなかった。


 戦いは一方的だった。


 しかし、敵の数は減るどころか、屋敷の奥から次々と増えていく。


「おい、まだ来るぞ!」


「どれだけ雇っているのよ、この商人!」


 マリアが叫んだ直後だった。


 彼女の背後から、大男が斧を振り下ろした。


 ドゴォン!


「ママ!」


 ルナが振り返る。


 斧はマリアの背中に直撃していた。


 だが、刃は砕け、柄までひしゃげている。


「……え?」


 マリアはゆっくりと振り返った。


「ちょっとぉ! 後ろからなんて卑怯じゃない!」


「な、なんで無傷なんだよ……!」


「知らないわよ! あたしだって、普通にびっくりしてるんだから!」


 もちろん、マリアの身体には傷一つない。


 ただし、攻撃を見切ったわけでも、華麗に避けたわけでもなかった。


 彼女には戦闘技術がない。


 反射神経で攻撃を回避することも、達人のように受け流すこともできない。


 ただ、どれほど強力な攻撃を受けても、その肉体には傷一つつかないのだ。


「ママに手を出しましたね」


 ルナの声が、再び低くなった。


 斧を失った男が振り返るより早く、ルナは間合いを詰めた。


 腹部に拳が突き刺さる。


「ぐふっ!」


 男が前かがみになったところへ、顔面への一撃。


 大男の巨体が、音を立てて床へ倒れた。


「……10カウントも必要なさそうね」


 マリアが呆然とつぶやく。


「ママ、お怪我はありませんか?」


「ええ、あたしは平気よ。ありがとう、ルナちゃん」


「よかったです」


 ルナはそう答えると、再び敵のほうへ向き直った。


 その表情は穏やかだった。


 ただし、拳を構えた彼女を見て、男たちは一斉に後ずさる。


「な、なんだよ、あの獣人の小娘……」


「元とはいえ、金等級の冒険者を倒しやがったぞ……!」


「ママって呼ばれてるぞ、あの大男……」


「今はそこを気にするな! 囲め、囲むんだ!」


 男たちが一斉にマリアへ殺到する。


 剣、槍、棍棒。


 ありとあらゆる武器が、彼女へと振り下ろされた。


 ガキン! バキン! ガシャァン!


 壊れていくのは、武器だけだった。


「ちょっと! ちょっとちょっと! 人の話を聞きなさいよ!」


 マリアは頭をかばうように両腕を上げたが、攻撃を避けることができないため、その場でまともに打たれ続けた。


 もちろん、傷はつかない。


 むしろ、攻撃する側の武器が次々と壊れていく。


「いい加減にしなさい!」


 とうとう我慢の限界を迎えたマリアが、飛びかかってきた男の頬を、ぺちん、と平手で叩いた。


「ぶべらっ!?」


 男の身体が、錐揉み回転をしながら、廊下の向こうへと吹っ飛んだ。


 壁に激突する寸前、魔王が魔術で衝撃を和らげる。男はそのまま床へ転がった。


「……今の、平手打ちか?」


「そうよ! 暴力はいけないって、教えてあげたの!」


「教え方が豪快すぎます!」


 ティアナの鋭いツッコミが飛ぶ。


「だって、何度言っても聞かないんだもの!」


 マリアは頬を膨らませた。


「ママ、残りは任せてください」


「ほどほどにね、ルナちゃん!」


「はい、ママ!」


 ルナは静かにうなずき、迫ってきた男の腹部へ拳を叩き込んだ。


 倒れた男の横を抜け、次の敵へ。


 顎を蹴り上げ、意識を奪い。


 さらに次の敵には、腹部への一撃。


 男たちは次々と床へ沈んでいく。


 ティアナはその隙を逃さず、敵の剣を弾き、足を払って拘束する。魔王は逃げ道を塞ぎ、残った者たちを魔術で床へ縫い止めた。


 三人の連携は、もはや一つの戦術として完成していた。


 一方、マリアは攻撃を受けるたびに武器を壊し、あまりにしつこい相手には平手打ちで吹き飛ばしていた。


「なあ……あの大男、何かおかしくねえか?」


「強化魔術でも使ってるのか? 俺たちの攻撃がまるで通じねえぞ!」


「強いっていうか、どうすりゃいいんだよ……」


「剣も槍も通じねえんだぞ……!」


「だから、レディだって言ってるでしょ!」


 マリアの怒声が、再び屋敷に響き渡った。


     ◇


 やがて、一行は屋敷の大広間へとたどり着いた。


 豪奢な調度品に囲まれた室内。その奥には、肥えた身体に高価な衣服をまとった男が立っていた。


「お、お前たち……! いったい何のつもりだ!」


 商人は、床に転がる手下たちを見て顔を青ざめさせた。


 だが、彼自身が武器を取ることはない。怯えて後ずさるのみ。


 腰に剣を差しているわけでもなく、戦いに慣れた様子もない。ただ他人を脅し、金と権力を振りかざしてきた男だった。


「私を誰だと思っている! この屋敷には、王都の有力者だって出入りしているんだぞ! お前たちのような者が手を出して、ただで済むと思うな!」


「はいはい。どこの世界でも、この手の輩は言うことが同じなのね」


 マリアは片手をひらひらと振った。


「そんなに偉いなら、どうして人をさらって売り買いなんかしてるのかしら?」


「な、何を言っている! 証拠でもあるのか!」


「証拠なら、これから探させてもらうわ。地下にいる人たちも、あなたのお仲間も、全部ね」


「黙れ! 私は何も知らん!」


 商人は声を張り上げた。


「お前たちのような連中が、私を捕らえられると思うなよ! 騎士団に顔が利く者もいる! 貴様らのほうが破滅することになるぞ!」


「それなら、騎士団にも『詳しく』お話を伺わせていただいてもよろしいですか?」


 ティアナが一歩前に出た。


「王国騎士団所属、副団長ティアナ・ガーランドベルです。人身売買の疑いで、あなたを拘束します。抵抗はやめなさい」


「き、騎士だと……!?」


 商人の顔から、さらに血の気が引いた。


 ティアナの騎士団服と紋章を見て、ようやく自分の立場が危ういことに気づいたのだろう。


 だが、それでも男は往生際が悪かった。


「ふ、ふざけるな! 私を誰だと思っている! お前たちに、そんな権限があるものか!」


「あります」


「なっ……!」


「それに、ここまでの状況を見れば、事情を聞く必要があることは明らかです。おとなしくしなさい」


 ティアナの声には、一切の迷いがなかった。


 商人は後ずさった。


 視線が左右に泳ぎ、やがて広間の隅に倒れている手下たちへと向けられる。


 そのとき、男の表情が変わった。


「……そうだ。まだ、手はある」


 誰にも聞こえないほど小さくつぶやき、商人は震える手を腰へ伸ばした。


 そこにあったのは、装飾の施された短い杖だった。


「貴様ら……後悔するがいい!」


 杖を掲げた瞬間、床に黒い魔法陣が浮かび上がった。


「これは……召喚術!?」


 魔王が目を見開く。


「貴様、何という魔道具を持っておるのじゃ!」


「ふはははは! 私を追い詰めたつもりだろうが、ここまでだ! お前たちなど、まとめて始末してやる!」


 魔法陣の中央から、黒い霧が立ち上った。


 霧は渦を巻きながら凝縮し、やがてローブをまとった骸骨の魔物へと姿を変える。


 深い紫色の魔力をまとった、死霊王と呼ばれる魔物――リッチだった。


 骸骨の眼窩に、禍々しい光が灯る。


《……ほう。これが我を呼び出した人間か》


 低く、しわがれた声が広間に響いた。


《人間風情が、我を使役しようとは……。身の程を知れ》


「なっ……! な、何を言っている! 私の命令に従え!」


《勘違いするな。貴様のような小物に従うつもりはない》


 リッチは商人を一瞥すると、嘲笑うように顎を上げた。


《だが、贄があるのならば話は別だ。仕事くらいは果たしてやろう》


 リッチの視線が、床に倒れているならず者たちへと向いた。


「……まさか!」


 魔王の顔色が変わる。


「やめろ! そやつらを何に使うつもりだ!」


《何、簡単なことだ》


 リッチが錫杖を掲げた。


《死を恐れぬ者などいない。ならば、死者にして、苦しみから解き放ち、糧とすればよい》


 床に黒い光が走った。


 倒れていた男たちの身体が、不気味な魔力に包まれていく。


「人間を贄にして、魔物を呼び出す術式じゃ……!」


 魔王の声に、明確な怒りが宿った。


「!? やめなさい!」


 ティアナが駆け出す。


 だが、黒い魔力が壁のように立ちはだかり、彼女の進路を阻んだ。


「くっ……!」


「貴様……! 命を何だと思っている!」


《命? 敗者に命など必要あるまい》


「ふざけるな!」


 魔王が魔力を解き放つ。


 だが、リッチはその力を嘲笑うかのように、黒い魔法陣をさらに広げた。


 屋敷のあちこちから、男たちの阿鼻叫喚が響いてくる。


 魔法陣が広がるたび、黒い魔力は壁や床を伝い、屋敷全体を覆い尽くしていった。


《さあ、目覚めよ。我が贄を受け、現世に戻りし死の竜よ!》


 大広間の床が激しく揺れた。


 壁に亀裂が走り、天井から石片が落ちる。


「な、何だ!? いったい何が起きている!」


 商人が悲鳴を上げた。


 次の瞬間。


 轟音とともに屋敷の壁が砕け散った。


 土煙が広間へと流れ込み、豪奢な調度品が次々と吹き飛ばされる。


 そして、崩れた壁の向こうから、巨大な影が姿を現した。


 骨と腐肉に覆われた巨体。


 翼の骨格からは黒い霧が立ち上り、眼窩には青白い炎が揺らめいている。


 アンデッドドラゴン。


 生きた竜の姿を失いながらも、その巨体には恐るべき力が宿っていた。


 死者を操るリッチが呼び出した、死の竜。


 その巨大な頭部が、ゆっくりと大広間へ差し込まれる。


 青白い炎が、侵入者たちを見下ろした。


 そして――。


 アンデッドドラゴンの咆哮が、深夜の王都を震わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。